[ 連載 ]

マンガこそ読書だ!!

第13回 『セブンティウイザン』(タイム 涼介・BUNCH COMICS)

2017/7/20

 

 定年退職を迎えた朝一(65歳)は、帰宅して妻・夕子(70歳)から「妊娠しました」と告げられる。のんびり温泉めぐりでも、と考えていた朝一たちの生活は、授かった命を迎え入れる準備に奔走する日々へと一変する…!

 ともあれ、ずっと子どもを望んでいてその願いがようやくかなった夕子は、70才とはいえ、妊婦として驚くほどたくましく順応していくが、夫の朝一は出遅れつつもあたふたとその伴走をすることになる。

 妻、70才での自然妊娠。かなりビックリする設定である。 

 思えばたくさんの昔話に、子どものいないおじいさん、おばあさんが神様にお願いをすると不思議な形で赤ちゃんを授かる、という物語がある。あのおじいさん、おばあさんはおそらく、人生50年時代の規準に照らしてであって、ひょっとすると今で言うとけっこう若い(40代半ばか後半くらい?)のかもと思ったりもするが、つまりこのお話は、現代風に少しリアルな味付けがされた、おじいさん・おばあさんが子どもを授かる「おとぎ話」なのだろう。これまで頭身の高い絵柄で作品を描いてきた作者が、今回はデフォルメの効いたかわいいタッチで作品を紡いでいることからも、それはわかる。

 でも一方で、一見奇をてらっているようでいて、読んでみると本作は「特別な人の特別な話」でありながら、実は「いまを生きる多くの人に関係ある話」であるように感じられてくるのだ。

 その理由は何なのか?

 理由の一つは、さまざまなライフスタイルが選択可能になり生き方が多様化した結果、一昔前のように誰もが自然に「年相応の成熟」をしていくことが難しくなっていることもあるように思う。

 そもそもいまのシニア世代は⾁体的にも若々しい方も多く、私自身に到っては、肉体だけは年齢相応に確実に老いているのに、内面の成熟度はいまひとつ……どころかいまみっつぐらいのように感じる。

「この年齢でこの幼稚さでいいのか!?」「いやよくないだろうが、…どうしようもないよな…」と自問自答し、うなだれることしきりなのだ。

 もちろん本作の「老年を迎えての妊娠」というのは特殊なケースだけれど、変に気が若かったりしがちな現代人にとって、ある意味でさまざまなライフイベントは「いつのまに、こんなにトシとった?」と思うことの連続ではないだろうか。そう思うと、主人公たちの戸惑いには親近感をもてるように思う。

 そしてもう一つは、少子化で「育児」が、子どものいない人にとってはとっても遠い世界のことになっていることだ。昔のような大家族であれば、親族に小さい子がいたりしてなんとなくでも育児と関わらざるをえないが、現在の核家族や単身世帯主流のライフスタイルだと、育児に関わる諸々が、関わったことのない人にはとても特殊な遠い世界のことのように感じられてしまう。一から「イマドキの育児」をすることになる主人公夫妻のすべてが初めて、という戸惑いは、私のような子どもがいない読者にはシンクロしやすい部分なのである。

 もちろん、お子さんがいる人にとっては、妻のお腹に子どもがいるとなると、歩き慣れた道や使い慣れた駅が一変、危険だらけの冒険ロードに感じられたりすること等は共感をもって読まれる部分ではないだろうか。

 印象的だったのが、本作の2巻で語られた、自分たち夫婦ふたりのあいだの会話では、

「育児についてはささいな失言も許されないが 死についてはとても寛容な部分がある」

という朝一のモノローグだ。

 おそらく、ふたりにとっていまや育児は「今そこにある緊急課題」で、死は、年齢を重ねた夫婦ふたりにとっては長年親しんできてもいる「いつか必ず来るけれどまだ少し遠くにある課題」だ。だからいま直面している育児に関しては切れば血の出るような切迫した話題ゆえに「ささいな失言も許されない」けれど、死というヘビーだけどなじんでいく必要があるテーマは、日常的に笑いをもって話題にすることで心理的な準備をしている面もあるんだろうなあ、とも思ったりした。作者はこんなさらりとした描写で、人の心理の不思議さ、微妙さを実にうまく描いているなあ……と感心してしまった。

 また、だんだんわかってくる妻の方が5才年上の一見不釣り合いなこの夫婦が、年月を重ねて根底に思いやりをもちつつも言いたいことを言い合える夫婦になっていった過程もほほえましくあたたかい。

 気がつけば子どもをもつ、ということが、教育費、仕事との両立……等々、「責任をもって育てないと」と真面目に考えるほどに、なんだかものすごくハードルの高い一大事業になってしまっている気がする。きびしいことが多くて、生きることをノーテンキに肯定できない要素が増えているように感じることが多いけれど、子をもつことの一番の根っこにあるのは

「この生き物かわいい!」

というある意味で野蛮な衝動なのかもしれない、と思わせてくれる本作の底に横たわるまっすぐな「生の肯定」には改めて心を打たれた。おそらく、高齢者が出産・育児するという奇抜なこの設定は、生と死をぎゅっと凝縮して描くために必要だったのだと思う。

 出産後、母乳が出ないことを気にする妻に、夫・朝一はこう告げる。

「完璧じゃないから不幸せ…そんなことはなかっただろ?俺たち」

 そうだ、おそらく今を生きる多くの人が、「完璧じゃない」けどだからといって、それが即「不幸せ」なんかじゃないだろう。たぶん、そのことに気づかせてくれるから、本作は「いまを生きる多くの人に関係ある話」なのだと思う。

 本作は、突飛な設定を用いることで、たくさんのことを感じ、考えさせてくれる。物語というものの力を体感させてくれた作品なのである。