[ 連載 ]

カエサルの食卓――古代ローマ料理再現

第5回 卵から林檎まで

2017年6月4日

 

 東京の我が家では家庭料理に粉物が使われることは皆無だったので、イタリアに住んでいた頃、ラガッツォのマンマであるアドレアーナと毎週ピッツァを生地から作るのが楽しくて仕方なかった。 

 最初の頃は細かい会話がほとんど成立していない状態のうえ、見よう見まねで生地をこねこねするのに必死だったのだが、そのうち、ある単語が耳に入ってくるようになった。

 「Pasta」

  パスタ? スパゲッティとかペンネとかのアレ? 今つくっているのピッツァなんですけど??

  冷静に状況を考えてみると、捏ねているピザ生地のことだと気がついた。つまり、「粉に水分を加え、捏ねあげたもの」がパスタ。となると、ケーキやクッキーを売るパスティッチェリーアも、パイをパスティッチョと言うのも、生地を捏ねたものから作るからだ、と納得がいく。

  もちろん我々が理解しているところの「パスタ」も粉を捏ねた生地から作るわけだが、こちらの意味での概念の成立は近世になってから。やはりマルコ・ポーロが中国から麺類を持ち込んだのがスパゲッティの起源か、と思いたいところであるが、実際のところは古代ローマから近世的な概念でパスタのカテゴリーに属する「レグヌム」というものが存在する。ラザーニアの語源となった食べ物だ。生地を平たく伸ばしてソースと共に火にかけたとか。これをいわゆるパスタと呼ぶかは意見の分かれるところなのだが(お湯で茹でるというプロセスがないので)、ともあれ生地としてのパスタを利用した料理、つまり捏ねた粉を加熱する料理は多岐に及ぶ。

 まずはなんと言ってもパン。古代ローマ人にとっての主食である。だからこそ皇帝たちが「パンと見世物」をローマ市民に振る舞うのであり、長い行軍のすえ小麦粉がなくなった兵士たちは草でパンを作ろうとした。こだわりも皆持っていたようで、あの食に興味の薄いユリウス・カエサルも「当家のしきたりのパン」と異なるものをこしらえたパン係を厳しく罰したほどだ。

 ちなみに、古代ローマの遺跡から発掘されたパンの多くは、今で言うところのカンパーニュのよう大きな丸いもの。とはいえ、古代ローマ時代のレシピを見ると、そのような厳つい素朴なパンだけではなかったようだ。カトーの『農業論』だとかプリニウスの『博物学』などには、チーズやハーブの入ったパンやワインを練り込んだパンのレシピも残されている。

 そして、この捏ねた生地に甘味をプラスし、フォルノで焼き上げれば素敵なお菓子になる。ハーブやスパイスを生地に練り込んだり、蜂蜜とチーズを使ったりと、様々なものを練り込んだケーキのレシピが残されている。とりわけ2世紀のアテナイオスの『食卓の賢人たち』に載っているもは、蜂蜜を練り込んだ小さなピラミッド型のケーキとか、今でも南イタリアで見られるような、胡桃と無花果をふんだんに使ったケーキだとか、素敵な饗宴のラストにふさわしい洒落たものだ。

 「卵から林檎まで」、というのは古代ローマの正餐のコースを意味する言葉である。今風に言うなら、前菜からデザートまで、といったところだ。

 今回のパンとデザートのレシピをもって、この連載も終了だ。1回目から作っていけば、まがりなりにも古代ローマ風の「卵から林檎まで」が完成するはず。このシリーズを読んでくださった皆様が、楽しくつくりながら、味わいながら、美味しい! という感覚を通して古のローマ人との食卓を楽しめますように。

パンとデザートのレシピ

※表記の材料は約4人分です。

●バシニアイ

※南イタリアに今も残るお菓子を思いおこさせる、いちじくとくるみ入りの揚げパン。古代ローマ後期を代表する美食家アテナイオスの『食卓の賢人たち』の数あるお菓子のひとつ。

材料

強力粉 200g
重曹 5g
オリーブオイル 30g
卵 1個
クルミ 90g(飾りに30gのこす)→刻んでおく
乾燥いちじく 30g(飾りに10gのこす)→刻んでおく
はちみつ 200g

①強力粉、重曹、オリーブオイル、卵、クルミ、乾燥いちじくをボウルでよくまぜる。

②塊を直径1.5cmくらいの棒状にのばして、2㎝幅に切る。

③中温に熱した揚げ油で、きつね色に揚げて油を切っておく。

④鍋に弱火ではちみつを熱し、③を入れてからませる。さらに飾り用のクルミと乾燥いちじくも加えてからませ、お皿にきれいに盛る。

バシニアイ

・リーブム

※月桂樹にのせて焼くチーズ入りのパン。赤ワインにぴったり。共和政ローマ時代の政治家大カトーの著した『農業論』より。

材料

リコッタ 200g
ペコリーノロマーノ 40g
強力粉 60g+α
卵 1個
ローリエ、セージ、ローズマリーの葉

①リコッタ、ペコリーノ、強力粉、卵をよくまぜる。

②ボール状にして、ローリエの上に置いて、200度に熱したオーブンで40分ほど焼く。

リーブム

・サヴィルム

※同じく大カトーの『農業論』より。こちらもチーズ入りの粉ものだが、こちらははちみつ入りでいわば古代ローマ版ベイクドチーズケーキ。

材料

強力粉 100g
リコッタ 500g
はちみつ 60g+α
卵 1個
オリーブオイル こさじ1
けしの実 少々

① 強力粉、リコッタ、はちみつ、卵をよく混ぜて、板状にする。

② 200度のオーブンで20~30分焼く。(最初の10分は焦げないようにアルミホイルをかけておく)

③ 焼けたら一旦取り出して、表面にけしの実をちらす。

④ 食べる前に、5分ほど温める。

 

サヴィルム

 

パンとデザートのレシピ

(撮影:佐々木啓充)