[ 連載 ]

カエサルの食卓――古代ローマ料理再現

第4回 我らが海の幸

2017年5月27日

 

 古代ローマ人にとって、「我らが海」とは地中海。そんな海に囲まれて、魚介類を楽しまない訳がない。4世紀に入ってキリスト教が国教となったのも大きいだろうが、それ以前から古代ローマ人たちは大いに魚を楽しんでいた。オクタヴィアヌスのように「干した魚」といった質素な食材を殊更に好む皇帝もいたし、アピキウスの料理書でも他の資料でも、焼いたり揚げたり煮込んだり。実にさまざまな料理法を遺している。

 そして、忘れてはならないのは「ガルム」。古代ローマの魚醤である。魚醤、といえば日本ではしょっつる、ヴェトナムではニョクマム、タイではナムプラーと言われているアレだ。それに近いものを古代ローマ人は利用していた。実際どのようなものであったのかは正確なところはわからないのであるが、幸いなことに、その流れをくむと言われている調味料がイタリアのある修道院に伝わっている。その名は「コッラトゥーラ・ディ・アリーチ」。鰯を原材料にした魚醤だ。日本は手に入れようと思えば大概の食材が手に入る国なので、古代ローマ好きのグルメは一度は試したことがあるかもしれない。

  ただし、ガルムと言っても、原材料になる魚によってさまざまな種類があったらしい。コッラトゥーラのように鰯を材料にするものだけでなく、他の青魚にするものもあった。ちなみに『ゲオポニカ』という古代の農業に関する書物によれば、最高級のガルムはハイマティオンと呼ばれ、鯖の内蔵、エラ、体液、血によって作られるものだとか。

 このガルム、アピキウスによれば、何か他のものと混ぜるのがスタンダードだったようだ。確かに我々が今味わうことのできるコッラトゥーラもかなり塩辛いので、わからないでもない。はちみつと合わせたはちみつガルム、酢と合わせた酢ガルム、ワインと合わせたワインガルム。この程度のシンプルな組み合わせでも茹でた野菜に合わせたり、ポタージュの隠し味にしたり、焼いた肉のソースには充分である(これらは我々日本人にも親しみのある味なので普段の料理の隠し味にもオススメです)。

 しかし、アキピウスの十八番は、さらに贅沢に数々のスパイスとハーブを混ぜ合わせたソースである(例えば前回の豚肉のローストのソースのレシピをご参照ください)。もっともそれが「古代ローマ人のテイストなのかアピキウスの好みなのかは判らないけどね。そもそもガルムやらコッラトゥーラやらを知っている今のイタリア人なんてほとんどいないじゃない」なんて我が美食の師であるファブリツィオは苦笑いする。

 確かにそうなのだ。試しに一般のイタリア人が日々の買い物をする、スタンダだの、エッセルンガだのの宅配サイトで「コッラトゥーラ」と検索してみても、まず出てこない。  

 つまり「コッラトゥーラ」≒「ガルム」は、現在のイタリア料理には使われない調味料、断絶された味である。その理由を歴史的に考えるのであれば、古代ローマ帝国の経済的衰退やら領土の縮小やら色々と考えられそうな面白いテーマではあると思うのではあるが、ここは歴史研究の場でもないので少々無責任な意見を述べさせていただくと、単純に好まれる味の変化かな、という気がする。

 フランスの歴史研究家フィリップ・ジレなどは、近世ヨーロッパにおける味覚の変化に関して当時の人々の手記を通して分析した非常に面白い研究をしている。古代や中世のスパイスたっぷりの複雑な味付けの料理は、近世になるとフランスやイタリアなどからはなりを潜め、ドイツやポーランド、レコンキスタが終了したばかりのスペインなど、古代ローマ帝国の周縁部に追いやられていく。特にイタリアでは、スパイスも使うが大量に使用するのではなく、シンプルな味付けが好まれていく。いわば現代イタリア料理の萌芽であり、15世紀のマエストロ・マルティーノや18世紀のカヴァルカンティ、19世紀のアルトゥージ、そして21世紀のマンマたちまでそのスタンスは変わらない。

 ガルムはその味の強烈さから、同様に主張のある甘味や酸味もしくはスパイスと合う。だからこそ、古代ローマでは愛されたけれども、現代的な味へと好みが変わっていくなかでイタリア人たちには必要とされなくなってしまった、と考えてみるのはどうだろうか。

 今回、紹介する2品の魚料理も、似たような料理を現代のイタリアで食べられている。小魚のパティーナは、作り方も見た目もいわゆる「アヒージョ」にそっくりなのであるが、古代のものはヘンルーダを使う。この山椒のような強烈なハーブが現代のものにない特徴だ。また青魚の料理は、オリエンタルなメニューとして現代のイタリアの家庭料理によく似ている。ただし古代のものは、レーズンや松の実や蜂蜜、ガルムなどで味を複雑にするのに対し、現代イタリアでは塩とレモンと白砂糖を使ってスッキリ仕上げた。

 シンプルなのが当世風、複雑なのが古代風と言ってしまえばそれまでだが――古の華麗な食卓を味わいたい気分のときは、ぜひ、このレシピをどうぞ。

 

我らが海の幸のレシピ

*表記の材料は約4人分です。

●鯖の古代ローマ風ソース

本来の材料は鮪(まぐろ)だが鯖(さば)で代用。ガルムはコッラトゥーラとして、イタリアから輸入販売されているものを使用(アキピウスのレシピより)。

材料

大きめの鯖一匹
玉ねぎ 1個(薄切りにする)
白ワイン
松の実 50g(あらかじめ刻んでおく)
 サルタナレーズン 50g(水に浸して、絞って刻む)
白ワインビネガー  70cc
赤ワイン少々
はちみつガルム(ガルムと蜂蜜を 1:2で混ぜる)
クミン 小さじ1
オリーブオイル
小麦粉
 塩、胡椒

1 さばの切り身に小麦粉をふるい、焼く。油を切っておく。

2 さばと同じフライパンで、クミン→玉ねぎ→塩胡椒→レーズン&松の実→白ワイン&赤ワインで水気が半分になるまでフタをして煮詰める。その後、ビネガー加えて10分ほど煮る。最後に蜂蜜ガルムを入れて味をととのえる。

 さばに②のソースをかけて、冷蔵庫で冷やす。

鯖の古代ローマ風ソース

 

●小魚のパティーナ

鰯(いわし)を材料として(アキピウスのレシピより)。江戸料理の柳川鍋を想わせる料理でもある。

材料

丸干しいわし(ソフトタイプ) 10匹
オリーブオイル  100cc
白ワイン   100cc
オレガノ(フレッシュ) 1パック
 ヘンルーダ(あれば)オレガノ同量
オレガノ(ドライ)大さじ1
ヘンルーダ(ドライなければ山椒) 小さじ1
ガルム  小さじ1
胡椒 適量

 

 いわしは内臓と頭をとり、オリーブオイルをまぶしておく。

   鍋(あれば土鍋)にいわしを重ならないように並べ、いわしをまぶすときに使ったオリーブオイルと白ワイン、フレッシュオレガノ(あればヘンルーダも)を入れて、弱から中火にかけてコトコト煮る。

3  いわしに火が通って柔らかくなったら、ドライオレガノとドライヘンルーダ(なければ山椒)を入れて2~3分煮る。

 火を消す直前に、風味づけのガルムを入れ、火からおろしたらフレッシュオレガノを取り除き、胡椒をかけて供する。

 

小魚のパティーナ

 

我らが海の幸レシピ(ズッキーニのエスカペッシュを添えて)

(撮影:佐々木啓充)