[ 連載 ]

カエサルの食卓――古代ローマ料理再現

第3回 肉料理に世界は宿る

2017年5月3日

カエサルの食卓 第3回

 

 「古代ローマのコロッセオの下の部分は居酒屋になっていて、剣闘士試合で殺された熊やライオンの内臓が煮込まれ、客に供されていた」といったかなりキワモノ的な食習慣を大学の教授に教え込まれた私が、生まれて初めて食べた古代ローマ式の食べ物が「クミンのパン」だった。学生時代、横浜で『ポンペイの壁画』展覧会があった時のこと。併設されたカフェコーナーで、古代ローマのパンが再現されていたのだ。みな特に何も言わなかったけれど、実は私にとっては衝撃的な体験だった。古代ローマ帝国は地中海を手中に収め云々という歴史的知識と、クミンといえばインドやアラブのスパイスという現代人としての知識がクミンを媒介に初めて一つに結び付き、豊かな古代ローマを五感からイメージすることができたのだ。

 古代ローマの美食家、アピキウスのレシピには、実に多くのスパイスやハーブを使ったソースや調味料が登場する。たとえば…

 「ふつうの塩の焼き塩、岩塩の焼き塩、白こしょう、しょうが、アジョワン、タイム、セロリの種、オレガノ、ルッコラの種、黒こしょう、サフラン、クレタ島のヒソップ、甘松香の葉、パセリ、ディル」を挽いたものが、アピキウス風のクレイジーソルトである。 

 また胃もたれを助けるためには「クミン(エチオピア産、シリア産、あるいはリビア産)、しょうが、新鮮なヘンルーダ、炭酸ナトリウム、油脂の多いナツメヤシ、こしょう、蜂蜜」を混ぜたものを利用する。

   古代ローマの人々は、こうしたソースを茹でたり焼いたりしたお肉や魚に載せることで、お国の豊かさを味わっていたのかもしれない。そのことを、私淑する美食の師、イタリア人のファブリツィオに話したことがあるが、彼は案外と冷静に答えてくれた。

 「そうかもしれないけれど、実際、防腐や薬効を期待する現実的な意味も大きい」

 まあ、確かにそうなのである。ハーブやスパイスの防腐効果は古今東西知られていることであるし、古代のガレノス流医術から中世の『サレルノ養生訓』にいたるまで医療とも不可分だ。少しだけ、しゅん、とうなだれているとファブリツィオは話を続ける。

 「それにもうひとつ。古代ローマの文化は現実的、実践的な性格を持つと言われるけど、それだけでなく、現代と異なる宗教的な思想や習慣も存在していることを忘れてはいけない。例えば調理法だってそうだ。肉を「焼く」とか「煮る」とあるなかで、一番高貴で純粋な料理法は何の媒介もなく火と接するものなんだよ」

 ミラノの名家出身にして建築家、ワインやイタリア文化についての著書もある彼は、こんなことを教えてくれた。 

 古代ローマでは世界の物質は火、大気、水、大地から成るとされていて、その中で最もヒエラルキーが高く、神聖かつ純粋なものが火である。だから、ローストするのが最も純粋な調理法であり、揚げるのは茹でるよりは良いだけれども、焼くのには劣る。そう考えてみると、古代ローマに一度茹でたものを焼く習慣があるのも、ライオンの内臓の煮込み料理は居酒屋料理であり、味はともかく、決して高貴とされないのも納得がゆく。

「もちろん食材も単に美味しい、珍しいだけでなく、ヒエラレキーがあるのも忘れちゃだめだ。当時の美食家たちももちろんそれを知っていた。我々は忘れがちだけどね」とファブリツィオは最後に付け加えた。

 火の象徴であるサラマンダーは実在しない生き物だが、大気の中を羽ばたく鳥や、水の中を泳ぐ魚、大地を踏みしめる牛豚羊より高貴だと中世では考えられていた(フランス人の歴史家、ブリュノ・ロリウーの研究などをご参照あれ)。このような食と宇宙観を結びつける考え方は、ヨーロッパでは中世、ルネサンスまで続くのだが、その原点は古代ローマということになるらしい。

 アピキウスのレシピにはダチョウやらツルやらフラミンゴやらの料理法が書かれた「鳥料理の章」というのがあるが、天に近い神聖な生き物をできるだけ美味しく戴くためのレシピだ、と思うとより楽しくなってくるではないか。

 古代ローマは豊かで、複雑だ。料理さえ例外ではない。細部に世界は宿る、ではないけれど、一つ一つのレシピのなかにそんな古代ローマが凝縮されていると思うと、ワクワクしてくる。というわけで、今回は古代ローマの肉料理を楽しんでみよう。焼くが旨いか、煮るか旨いか。

 

世界が宿る肉料理のレシピ

*材料は4人分です。

●ローストポーク古代ローマ風ソース添え

現代ではインド料理のイメージが強いクミンや、古代ローマ独自の調味料ガルム(魚醤)を使ったソースの絶妙な味わいをどうぞ。(アピキウスのレシピより)

材料

ローストポーク用塊肉 450g
にんにく 2かけ
シチリアのサーレグロッソ(または岩塩) 大さじ1/2
オリーブオイル 適量
はちみつ  適量

☆古代ローマ風ソース
こしょう、セロリの種、ディル、キャラウェイ、クミン 小さじ1ずつ
(あれば、ラヴィッジ、ジョウチョウギクも小さじ1ずつ)
パセリ(生)、しょうが(生)→みじん切りにして小さじ1ずつ
ガルム(コラトゥーラ) 270cc
オリーブオイル 70cc

 古代ローマ風ソースを作る。こしょう、セロリの種、ディル、キャラウェイ、クミンを乳鉢で細かくくだき、パセリ、しょうがと合わせる。それをガルム、オリーブオイルと混ぜ合わせる。

 ローストポークを作る。肉塊の所々を包丁で突き刺して穴をあけ、そこに細切りにしたにんにくを1~2本詰める。詰め終わったらオリーブオイルを肉の周りに塗って、サーレグロッソを全体にまぶし、タコ糸で縛る。200度に温めたオーブンで肉に火が通るまで、時々肉の面をひっくり返しながら60分ほど焼く。肉に火が通ったら、オーブンから天板ごと出し、アルミホイルで覆って20分ほど休ませる。

 はちみつ、古代ローマ風ソースを添えて、ローストポークを供する。

ローストポーク古代ローマ風ソース添え

 

●茹で鶏のアピキウス風ソース添え

鶏肉の茹で汁が極上のブロードになる(アキピウスのレシピより)。より美味しいブロードにしたい場合はヘタを取ったトマト丸々1個も一緒に入れて茹でる。古代ローマにトマトは存在しないが、イタリア料理としては味に奥行きのあるブロードになる。

材料

鶏肉 500~600g(胸肉1枚、もも肉1枚)
にんじん 1本
セロリ 1本
イタリアンパセリ 1パック
玉ねぎ 1個
塩(サーレグロッソ) 大さじ1
水 2000cc

☆アピキウス風茹で鶏用ソース
黒こしょう、乾燥パセリ、乾燥ミント、ベニバナ 各小さじ1
刻みアーモンド(ロースト) 大さじ1
はちみつ 大さじ1
煮切った赤ワイン 大さじ1
赤ワインビネガーまたははちみつ酢 大さじ1
ガルム(コラトゥーラ) 大さじ1~2
オリーブオイル 大さじ1
ミント(生) 少々

 茹で鶏用ソースを作る。小鍋にはちみつ、煮切った赤ワイン、酢、ガルムを入れて弱火で温める。そこに乳鉢ですりつぶした黒こしょう、乾燥パセリ、乾燥ミント、ベニバナと刻みアーモンドを入れて混ぜ合わせる。混ざったらオリーブオイルを入れて一煮立ちさせ、器にそそぎ、ミント(生)の葉を加える。

 茹で鶏を作る。にんじんは半分に切って切り込みを入れ、ニンジンの長さに合わせて切ったセロリ、パセリとともにタコ糸で縛っておく。玉ねぎは外皮を向いて、上の部分を切り取り、十字に切り込みを入れる。水2000ccを入れた大なべに、野菜と鶏肉、塩を入れて沸騰させる。沸騰したら、灰汁と鶏油を適宜スプーンで取りながら、蓋をして約1時間煮込む。

 鶏肉が茹であがったら、取り出し、皮を取り食べやすい大きさに切る。茹で鶏用のソースを添えて、皿に盛る。

茹で鶏のアピキウスのソース添え

 

●豚肉のいちじくソース

1920年代初頭にエジプトで発見された「ハイデルベルク・パピルス」より。

材料

豚もも肉 500g
小麦粉 適宜
オリーブオイル 大さじ5
レモン汁 1/2個ぶん
白ワインビネガー 大さじ3
白ワイン 250cc
乾燥いちじく(刻む) 5個
オレガノ(乾燥) 小さじ2
コリアンダーシード 小さじ2
イタリアンパセリ 1パック(みじん切り)
塩、こしょう 適宜

 豚肉を棒状に切り、小麦粉をまぶし、オリーブオイルをひいたフライパンで焦がさないように注意しながら焼き目をつける。中まで火が通ったら、フライパンから取り出し置いておく。

 1のフライパンにコリアンダーシードと刻んだ乾燥いちじくを入れ弱火で温める。温まったら、レモン汁、白ワインビネガー、白ワイン、塩、こしょう、オレガノの順で入れ、ワインのアルコール分が飛ぶまで煮詰める。

 2に豚肉を戻し、ソースを絡めながら、ソースの水分を飛ばす。刻んだイタリアンパセリを振りかけ、皿に取り、冷まして味をなじませてから供する。

豚肉のいちじくソース

 

世界が宿る肉料理のレシピ

(撮影:佐々木啓充)