[ 連載 ]

新聞の正しい読み方

第5回 まとめサイト問題の教訓

2017年4月8日

20170331_新聞の正しい読み方NEW_5

WELQ問題

 DeNAは3月13日、医療・健康系キュレーションメディア「WELQ(ウェルク)」などをめぐる一連の問題について、第三者委員会の調査報告書を発表しました。今回は、この騒動がもたらした教訓について考えてみたいと思います。

 念のため経緯をおさらいしておくと、この問題の発端は、昨年秋ごろに一部のブロガーがWELQの記事内容の杜撰さや、記事の盗用疑惑を指摘し始めたことでした。

 「キュレーション」とは、もともと美術館・博物館業界などで使われてきた言葉です。特別展を開くとき、テーマを決めてその内容にふさわしい展示物を集めてくる仕事を指し、担当者は「キュレーター」と呼ばれます。

 ネット業界でも同じように、あるテーマやコンセプトに沿って記事を集めて提供するヤフーニュースのようなポータルサイトや、「NEVERまとめ」のようなまとめサイトを「キュレーションサービス」と総称するようになったのです。

  問題になったWELQは、一般ユーザーを含むキュレーターが、ネット上の様々な情報を集めて記事にする形のキュレーションサイトでした。その意味では、新聞社などの記事をそのまま転載するヤフーニュースやスマートニュースとは異なり、一定の編集を加えた情報を提供していると言えます。

 問題は、これらのサイトが、信頼性の低い情報を紹介したり、他の媒体の記事や画像を実質的に無断引用したりしていた点にありました。肩こりの原因を「霊」のせいにするといった、医療情報サイトではありえない非科学的な記事さえ紛れ込んでいたのです。

コストの問題

 それにしても、東証一部上場の企業が運営するサイトで、どうしてこんなことが起きてしまったのでしょう。

 報告書を読んで興味深かったのは、事業をスタートする時点では、関係者が一連の問題点に気づいていたということです。例えば、WELQなどの原型となったファッション情報サイトMERY(メリー)は、運営会社の買収手続きの中で画像の無断引用などを専門家から指摘されていました。WELQ開設前の試作サイトも、医療情報に問題があるとの指摘を受け、医師による監修を一度は検討していたようです。

 しかし、結果としてこうした指摘は十分に活かされませんでした。利益目標の達成を優先するあまり、法律や倫理に反しないレベルまで記事の質を上げる努力がなされなかったのです。

 このような発想は、新聞記者だった私には、ある意味では新鮮でした。新聞などのオールドメディアにいる人たちにとっては、「利益が出るまでコストを下げる」という考え方は、良くも悪くも馴染みがないからです。

 報告書を読んで感じるのは、DeNAグループはキュレーション事業を徹頭徹尾「ビジネスの視点」で研究したのだということです。「ユーザーを集めるにはどんな内容にすべきか」「どうすれば読者の目に止まるか」といったことを、すべて収支を基準に分析したうえで戦略的に決めていたわけです。

旧メディアとビジネスの発想の違い

 もちろんこれは、事業の立ち上げ方としては極めて標準的です。おそらく報告書を読んでも、ビジネスパーソンの多くは(法律や倫理に反してまでコスト削減を優先した点を除けば)まったく違和感を覚えないのではないでしょうか。

 しかし、オールドメディアでの生活が長い私は軽いショックを受けました。一言で言えば、発想が自分の慣れ親しんできた世界とは逆だったからです。実際、ネットの記事を読んだり、報告書の感想を聞いたりすると、報道業界では同じ点で驚いた人が多かったようです。

 マスコミ業界では、まず「伝えたいもの」があって、それを実現するためのビジネスモデルを考えるのが普通です。こういうと格好良過ぎますが、有り体に言ってしまえば「コストは二の次」のどんぶり勘定で仕事をしているケースが少なくないのです。

 新聞で言えば、全国紙の一面トップを飾るスクープをとるために、記者は取材先の自宅に何度も「夜回り」をすることがあります。その足には普通、タクシーやハイヤーを使うので、一晩に交通費だけで何万円もかかります。ところが、そういった取材をしたところで、実際に大きなネタがとれる確率は極めて低いうえ、仮にモノになったとしても、新聞の大半は宅配されているので、新聞の売り上げが伸びるものでもありません。要するに、記者やデスクは「スクープをとる」ことしか考えていなくて、取材の費用対効果はほとんど度外視しているわけです。

コンテンツ重視と利益至上主義は両立するか?

 こうした文化が、現在のマスコミ業界の苦境の一因になっていることは間違いないでしょう。しかし一方で、純粋にビジネス的な発想で情報発信を生業にするとどうなるか、ということもWELQ騒動は示していると言えそうです。純粋に「できるだけコストをかけずに大量の読者を集め、広告費を稼ぐにはどうすればいいか」を考えると、WELQが当初描いていたようなビジネスモデルに行き着くのは自然な流れでしょう。その中で利益だけを追い求めれば、今回のような「行き過ぎ」が起きることも十分に予想できます。

 報告書は、MERYなど、関係者がサイトのコンセプトや記事の質に思い入れを持っていたサイトでは、WELQに比べ生じた問題は小さかったと示唆しています。その意味では、マスコミ業界は「コンテンツ至上主義」と「利益至上主義」の間でどうバランスを取るかが問われているのだと思います。

 この問題のもう一つの教訓は、ビジネスのプロが徹底的に研究してビジネスモデルを構築したとしても、コンテンツの質とコストをバランスさせるのは難しかった、ということでしょう。

  事実、DeNAは利益を出すためにコンテンツの質を犠牲にせざるを得なかったわけです。具体的には、専門家に話を聞いたり、実地で何か見たりするような取材は避け、無料のネット情報をネタ元にしていました。

 記事の執筆者も原稿料が高いプロを雇うのではなく、インターンと称する実質的なアルバイトを多用していたと言います。経験の浅い人たちを使って記事を量産するためのマニュアルまで作っていました。

  読者の多くはあまり意識したことがないかもしれませんが、記事を書くうえで、情報収集のコストはバカになりません。かくいう私も、新聞社を辞めてフリーになってから、このことを痛感しました。

  例えば、新聞記者は原則として取材相手に報酬を払いません。芸能人へのインタビューなどごく一部の例外を除き、タダで話を聞いているのです。

  しかし、フリーになるとそうはいきません。多くの人や企業が新聞社の取材にタダで応じるのは、記事になればある種の広告効果が発生するからです。それが期待できない場合、やはり謝礼を払うなど金銭的な見返りが必要になるのです。実際、企業広報誌など発行部数の小さい媒体の仕事では、媒体側がインタビューの相手に謝礼を払うといったことは普通に行われます。

  人に対する取材以外でも、コストが重荷になります。出張をすれば当然、お金がかかりますし、電話取材や手紙でのやり取りでも経費が発生します。これらを賄えるだけの原稿料や印税、サイトから上がる広告収入を手にできる例は、書き手がよほどの売れっ子でないかぎり少ないでしょう。WELQもこうした問題に直面し、取材の手間やコストを回避するため、他サイトの情報を加工する道を選んだわけです。

「フリー(ただ)のランチはない」

 しかし、そもそもWELQなどが参考にしたサイトの多くは、手間やお金をかけて情報を収集し、それなりの原稿料を払う必要のあるライターを雇って記事を作成していました。言い換えれば、WELQのコンテンツは、既存のサイトや報道機関などの成果にただ乗りしていたわけで、それらが利用できなければ運営が成り立たなかったわけです。

  インターネットビジネスの世界では、広告料を主な収入源にする、民放テレビ型の「無料モデル」が多く見られます。ネットへの参入を迫られるマスコミ業界も、このモデルに注目してきました。しかし、この20年ほどで見えてきたのは、新聞やテレビ、雑誌などが担ってきたような情報発信を広告だけで支えるのは難しい、という現実です。

  実はWELQ問題が注目され始めたのと時を同じくして、新聞業界はネット上での記事の無料配信を急激に絞り始めていました。新聞社のサイトを見ればわかるように、有料会員しか読めない「鍵」付きの記事の比率が高まったのです。それまでスマホのアプリで紙面を全面的に無料公開していた産経新聞も、ついにこのサービス方法を変更しました。

  その意味でWELQ問題が突きつけている課題は、単に企業の倫理や法令遵守にとどまりません。私たち市民がネットから得る情報の取材・制作費を、企業がどういう形で調達すべきかという本質的な問いを含んでいると考えた方がいいでしょう。そして、どんぶり勘定の経営をして来たマスコミ業界ならいざ知らず、DeNAのようなネット企業の雄がその答えをまだ出せないでいることは、ある意味で「パクリ」問題以上に深刻な状況を示しているのかもしれないのです。