[ 連載 ]

カエサルの食卓――古代ローマ料理再現

第2回 時を超えるスープの味は

2017年4月9日

カエサルの食卓 第1回

  イタリア留学中に体調を崩したとき、決まってつくってもらったスープがある。つくってくれたのは、イタリア人の友達であったり、当時のラガッツォであったり、そのマンマや家族であったりといろいろではあったけれど。共通していたのは、キャベツやらホウレン草やあの葉っぱの野菜とタマネギやポロネギを何種類も一緒に茹でて、柔らかくなったら野菜だけ取り出し、ピュレにして塩で味をつけたポタージュのようなものだということ。とても素朴なのに、柔らかい野菜の味がほんのり塩味で引き立って、弱った身体に染み入るスープだった。

 とはいえ、それを食べるのはこちらが参っているときなので、きちんとしたレシピを知っているわけではない。料理の名前を聞いても、「病気のときの野菜のスープ」としか説明してくれないので一向にわからない。どうしても知りたくていろいろ調べているうちに、ついに似たものを見つけ出した。それが古代ローマの「アピキウスのレシピ」である。

 アピキウスといえばティベリウス時代の美食家である。その名を冠す有名なレシピ集には、雌豚の乳房だとか、ダチョウ、フラミンゴ、ツル、果てはオオヤマネまで、そんなものまで食べるのか?というエキゾチックな食材のレシピが載っている。だが、意外と普通で庶民的な野菜料理のレパートリーもかなり紹介されている。たとえばティベリウス帝の息子に好評だったという焼きブロッコリー料理などがその代表格だ。ともあれ、そのうちのひとつ、その名も「胃に良いポタージュ」こそが、私の探し求めていたスープであった。

 実はこのレシピ集が、完全にアピキウス本人の書いた紀元1世紀の時代のものか、と言われれば微妙なところだ。テキスト研究者の方々によれば、数世紀を経て現在の形に完成したのは4、5世紀のことらしい。そうはいっても、遙かな古代より伝わったレシピであることは変わらないわけで、私は二千年の時を超える「胃に良いポタージュ」の浪漫に打ち震えてしまう。

 ただ、その感動をイタリア人たちに報告するたびに、彼らに一様にこう返してくるのである。

「そんなの当然のこと」

 日本人の私としては、昨日今日のイタリア人だけでなくて、15世紀のメディチ家の当主・ロレンツォだって、中世の神学者トマス・アクィナスだって、胃弱で有名な初代ローマ皇帝オクタヴィアヌスだって、お腹を壊したら同じスープを飲んでいたと思うだけで、感慨深いものがあるのだけど。当のイタリア人たちの発想はどうも違うようなのである。

 「ローマの陽のもとにはあらゆるレシピがある」。その後、そう教えてくれたのは、私のイタリア料理の師匠ダニエーラだ。イタリアで新しい料理をつくろうとしても、大抵は古代ローマのレシピの中にある、ということなのである。確かに、「アピキウスのレシピ」をよく読んでみると、もちろん現代ではなかなか見ないエキセントリックな料理もあるけれど、知ってる知ってる!というレシピも多く見つかる。穀物や豆のスープ、セモリナ粥…などなど。

  たとえばセモリナ粥は、あまり日本では知られていないが、イタリアでは知らない人はいない、離乳食兼病人用のレシピである。要はトウモロコシの粗びき粉(セモリナ粉)を使ったポレンタだ。安上がりだし、消化にも良い。アピキウスのレシピでは、これに羊と思われる脳を入れたクネル(ミートボール)を添えて豪華なものにし「ユリアヌス風粥」などと皇帝の名前を冠しているけれども、粥そのものは作り方も含めて、まさに現代に見られるセモリナ粥である。豆のスープなども同様だ。

   料理は、時代の鏡である。同時に、どんなに時代が変わっても、日々の生活の中で脈々と受け継がれてゆくものでもあるのだ。それはイタリア人にとって「当然」で日常かもしれないけれど。私はイタリアの家庭料理をごちそうになっているとき、古代ローマで使われいているスパイスの組み合わせを見つけたり、大好きになった「病気のときの野菜のスープ」をレシピを発見したりするのは、ローマの街中でふっと腰かけた石が古代遺跡だったときのような、歴史を超越したような何とも不思議な気持ちになる。

 そういうわけで、今回は、今も昔も変わらぬお料理をどうぞ。

時代を超えるスープのレシピ

*表記の材料は約4人分です。

●胃に良いポタージュ

古代から現代まで、イタリア人の家庭で愛されているおなじみの味(アピキウスのレシピより)

材料 

ほうれん草(葉だけ。2~3束分)
玉ねぎ小(粗みじん切りにしておく) 1個(ポロねぎがあればポロねぎ1本)
アンチョビ 5~6枚
クミンシード 小さじ1
オリーブオイル 大さじ1
白ワイン 大さじ1
重曹 5g
塩 小さじ1
砂糖 大さじ2

1 大きめの鍋にお湯をたっぷり沸かし、重曹、塩、砂糖を入れてほうれん草と玉ねぎを茹で、ザルに取る。粗熱が取れたら、ミキサーでペースト状にする。

2 小鍋にオリーブオイルとクミンシードを入れ弱火にかける。クミンシードの香りが出たら、アンチョビを入れる。アンチョビをつぶしながら炒め、アンチョビの形がなくなったら、1を鍋に合わせ入れ、白ワインを入れる。白ワインのアルコールが飛んだら出来上がり。

胃に良いスープ

胃に良いポタージュ

 

●ガレノス風レンズ豆と押麦のスープ

ガレノスとは皇帝マルクス・アウレリウスの侍医にして古代の最も偉大な医学者の一人。医食同源を唱えたことでも知られる。(ガレノスのレシピより)

材料

レンズ豆 100g
押麦 60g
玉ねぎ 1個
ディル 1/2パック
ミント 1/2パック
レモン汁 1/2個ぶん
塩 小さじ1強
水 6~7カップ
オリーブオイル 適量

 鍋に水、レンズ豆、押麦を入れ、強火で15分~20分茹でる。

 1を中火にし、みじん切りにした玉ねぎ、刻んだディルとミントを投入し、塩を加える。

 玉ねぎが柔らかくなったら、レモン汁を加え、火を止めて、粗熱を取り食するまで冷蔵庫に入れておく。

 食する際に、好みでオリーブオイルをかける。

ガレノス風(2)

ガレノス風レンズ豆と押麦のスープ

 

●ユリアヌス風粥もどき

クネル(ミートボール)に食用脳みそを使用すると、本当の「ユリアヌス風」になるが、今回は豚ひき肉で代用した(作り方はアキピウスのレシピより)

☆クネル用材料

豚ひき肉 250g(※本来は食用脳みそ)
古代ローマ風ハーブミックス(※) 大さじ2
塩 小さじ2/3
卵 1個
水 7カップ
セモリナ粉 200~250g
ガルム(コラトゥーラ) 大さじ3
赤ワイン 大さじ1
フェンネル(乾燥) 小さじ1
ミント(乾燥) たっぷり
塩 適宜

 クネルを作る。ボウルに豚ひき肉、古代ローマ風ハーブミックス、塩、卵を入れてなめらかになるまで混ぜる。混ざったら食べやすい大きさの団子(=クネル)にする。鍋に水を沸騰させ、クネルに火が通るまで5~7分茹でる。茹であがったらクネルを取り出しておく。

2 クネルの茹で汁に、ポレンタを作る要領で、セモリナ粉をさらさらと入れる。(片手でセモリナ粉を掴み砂時計の砂のように絶えず少量ずつ入れていき、もう片方の手で木べらを使い鍋を絶えずかき回す)

 セモリナ粥がぶくぶくしだして、マッシュポテトのような固さになったら、ガルム、ワイン、フェンネル、ミント、塩少々を入れ、まざったところで火を止めさらに盛る。

 その上に取りおいておいたクネルを載せる。

※古代ローマ風ハーブミックス

黒こしょう 9
コリアンダーシード 6
アジョワン 5
サフラン 3
タイム 5
パセリ(乾燥)6
オレガノ 9
ディル(乾燥)6
白コショウ 9
生姜(生)6

 →この割合でスパイス類を乳鉢ですりつぶしたもの(生姜は生なので、使うたびに生のものをすりおろして加える)

ユリアヌス風(2)

ユリアヌス風粥もどき

 

古代ローマ料理再現:時を超えるスープたち 

第2回全体写真(3)

 (撮影:佐々木啓充)