[ 連載 ]

イエスの魚釣り

第1回「善い話」をやめる

 0.倫理を巡る表現 

 「善い話」をすることに疲れている! ここ10年ほど、私は、キリスト教を中心とした倫理思想に関心を寄せてきた。キリスト教という一宗教の中心には「隣人愛」という、だれ彼かまわず助けるという無防備極まりない倫理がある。私はこの倫理のこだわりのなさ、そして気前の良さに惹かれてきた。しかし、この手の「困っている人はどんな人でも助ける」という話は、一歩間違うといかにも「善い話」で、誰もが「やらないよりはやった方が善いが、でもあんまりやりたくない」と考える話であるから、上手に語ること自体はとても難しい。そもそも「やった方がよい」という前提があって語ることには、説教臭さが漂いがちであるし、ましてや多くの人は「やりたくない(けど「やりたくない」と言うことははばかられる)」と予想されるからこそ、話者にも負荷がかかって語り口が力んだ感じになりやすい。こうやって話者/論者が意識過剰になることにより、「善い話」には重苦しい雰囲気が醸し出されてしまう。 けれど、これは「善い話」が本来示そうとしている内容、たとえばイエスが愛によって実現しようとしていた状況とはほど遠いものだ。むしろイエスは、どんな時も人が背負ってしまった重荷を軽くしようと努めていた。彼がとりわけ吹き抜ける風や流れる水の比喩を好んだことからも分かるように、停滞し閉塞した状況に流れをつくり出すためにこそ、イエスの創造性は発揮されたのだ。
 「善い話」の難しさは、いわゆる「善い話」の多くが、悪い状態にある人が無償の善意によって助けられる、救われるといった図式に偏っていることにもよる。そもそも「物語」の常套的構成が、問題とその克服という弁証法的図式を取ることはよく知られているが、「善い話」、とりわけ宗教的な救済物語では、出発点となる「悪い状態」は貧・病・争・差別など相当深刻な場合が多い。もちろんそれが現実である以上、深刻な状況には触れざるをえないわけだが、どのように「触れる」かが問題なのだろう。
 たとえば、こんなことがあった。ある大学の授業で、「ケアの思想」に関するテキストを講読していたのだが、ある学生が「貧しい人、障害者などが出てくるとそれだけで興味を失う自分は心が狭いのでしょうか」とコメントシートに書いてきた。こうしたコメントは40人弱の受講生のうちたった一件だったから、とりたてて注目する必要はないのかもしれない。にもかかわらず取り上げるのは、ほかでもない講義担当者の私が、この意見に共感を覚えてしまったからである。実は、テキストを選んだこの私自身、毎授業、毎授業、社会のなかで苦しい立場に置かれた人たちについて考えなければならないことに少しずつ疑問を覚え始めていたのだ。
 社会のなかで苦しい立場に置かれた人たちが現にいる以上、その苦しみを取り除く、あるいは軽減するための方策について考える必要がある。これは間違いない。例によって、それは誰もが認める「やらないよりはやった方が善い」ことだ。しかし、学生たちが、苦しみへの共感よりも、差し当たりスマホをスクロールするといったアドホックな快楽を求めているとしても、それを一概に責めることはできない、と私は思う。苦しさよりも快さを選ぶという功利主義的原則は、生き物の生命活動の基本だからだ。そして、だからこそ、苦しい立場に置かれた人たちを実際に援助できるようになるための教育として、ただ門切り型に「苦しんでいる人」の苦難から出発する話を繰り返し読む、あるいは聴かせることは有効ではない気がしてきたのだ。いかにも深刻であったり、いかにも重大なことは、聴く側に心理的負荷や緊張を与え、かえって話の敷居が高くなってしまう。
 最近では、被害の「当事者」が最優先されるべきだという論調が強く、倫理教育の一貫で障害や被害の当事者がスピーカーとして招かれることも多い。こうした場合でも、その苦しみを語る当事者を目の前にした時、非当事者である私たちは、語りを傾聴しなければならないと意識するあまり萎縮してしまうことが多いように思う。確かに「語る権利」は、苦しみの当事者に与えられなくてはならない。とはいえ、同時に「傾聴されるべきもの」として当事者の語りが差し出される際の政治性もまた、厄介な問題だと私は考えている。こうした政治性を回避するためには、その場を設える人に相当の力量が求められる。なにしろ上手に状況を設置しないことには、聴衆が当事者の語りにひたすら耐えているような異様な雰囲気になってしまうことだってある。
 場の設定の仕方にしても、伝達の方法にしても、倫理を巡る表現には工夫や創造性が求められている。すでに専門用語のレベルで「愛」も「協働性」も、特定の文脈やイメージに限定された、ずいぶん時代遅れな言葉になってしまった。今回の連載で、私が試みたいのは、倫理的行為がもつ創造性を描き出すとともに、そうしたクリエイティヴィティを語るのにふさわしい表現を探し出すことである。分析の中心、議論の拠り所になるのは、福音書に記されたイエスの実践である。けれど同時に、アートやスポーツなど様々なジャンルに見出される協働、あるいは日常的な助け合いの場面を取り上げ、考えてみたい。福音書に関する新しい解釈を施すこともまた今回の連載の意図に含まれるものではあるけれど、様々な実践の事例を福音書解釈のために使用するつもりはない。むしろイエスの実践を、これまで試みられてきた実践とフラットに並べることで何が見えてくるのかを見定めてみよう。愛がどんなに卑近で凡庸なテーマであっても新たなラブソングが生み出され続けるように、倫理的な実践もまたそれ自体は思わず「またかよ」と言いたくなるほどありふれているけれど、そこで実現されうる巧みさには無数のヴァリエーションと可能性があるはずだ。 

1.アーティスト田中功起の実践

  倫理的実践とその表現について考え始めるにあたり、同時代のアーティスト・田中功起(1975年〜)の実践を参照することから始めてみたい。田中の実践は、2015年の日本で「倫理を語る方法について考える」ということがどのように複雑な問題を孕み、またどのように広い射程を持つのか、ダイレクトに教えてくれる。同時に、私はこのことをとても面白く感じているのだけれど、イエスの実践(その具体的分析は連載の三回目以降)は、社会へのアクションを作品にする60年代以降の前衛芸術家の実践と、ハイコンテクスト性、状況設定の仕方などの点で、幾つもの類似性をもっているからだ。今私たちが生きている社会にクリティカルかつ繊細に応答するかたちで、前衛芸術の方法を継承している田中の実践は、イエスの実践を最も今日的な仕方で再解釈するためにも重要な視座を提供してくれる。
 田中は、2013年のヴェネチア・ビエンナーレ国際美術展の日本代表として「抽象的に話すこと ― 不確かなものの共有とコレクティブ・アクト」と題された展覧会を開催し(fig.1)、展覧会を共同企画したキュレーター・蔵屋美香(東京国立近代美術館)とともに特別表彰を受けた(http://2013.veneziabiennale-japanpavilion.jp)。

fig1 「抽象的に話すこと ― 不確かなものの共有とコレクティブ・アクト」展示風景(2013年)

 田中は、2000年代前半には、サイコロが転がり続ける、バスケットボールがはね続けるといったループ形式の作品を制作していた。2004 年頃から、ボールやビニール袋や金だらいなど、日常生活のどこにでもあるモノが、通常の用途とは異なるさまざまな仕方で使用される、その潜在的性質を顕在化させる様子を記録した映像作品へと発展する。こうやって文章で書くとややこしいが、たとえば様々なヴァリエーションの運動を経てボールがバケツに投げ入れられる様や、トイレットペーパーが扇風機の風になびく様子、スーパーマーケットのポリ袋が風船になって飛ぶ様子などが撮影されている。この形式の作品は2007年頃まで続き、2008年以降、田中本人を筆頭に、映像のなかにモノを使用するヒトが登場するようになる。そして2010年前後から、本人以外の複数のヒト同士による協力など、撮影対象は集団的行為へと展開していったようだ。ヴェネチアでの展示は、この集団的行為に関する近作が一同に並べられたものだった。それぞれがどのような企画であるかは、以下のタイトルを見ていただければ一目瞭然だ。「ひとりの髪を九人の美容師が切る」(2010年)(fig2)[*タイトル下の下線部をクリックすると動画のサイトにつながります]、「一台のピアノを五人のピアニストが弾く」(2012年)、「ひとつの陶器を五人の陶芸家が作る」(2013年)(fig3)、「ひとつの詩を五人の詩人が書く」(2013年)。加えて、沢山の人たちが非常階段を上り下りする「振る舞いとしてのステイトメント」(2012年)がある。現在も継続する「不安定なタスク precarious tasks」というイベント・シリーズもまた、参加者に手探りで集団的行為を行わせるプロジェクトである。

fig2 「ひとりの髪を九人の美容師が切る」(2010年)

 田中の作品を評する時に、あるいは田中自身が自作を語る時にしばしば言及される文脈に、1990年代以降のコンテンポラリー・アート(現代美術)の一大潮流となっている「関係性の美学」がある。「関係性の美学」とは、キュレーターのニコラ・ブリオーが、1998年に公刊した著作(L’esthétique relationnelle, Nicolas Nourriaud, Les presses du Réelle, 1998)のなかで提言した、90年代のアート作品の一つの傾向性である。それは「モノ」としての作品ではなく、人間同士のコミュニケーションやコミュニティを創出するプロセスそのものを作品とみなすタイプのアートだ。たとえば「関係性の美学」の代表的なアーティストに、リクリット・ティラヴァーニャがいる。ティラヴァーニャは1990年にニューヨークの画廊でタイ風焼きそばをふるまう《パッタイ》という作品に続き、1992年、1995年にはタイカレーをサービスするなどのパフォーマンスで一躍注目を浴びた。その後も、観客とのコミュニケーションを作品化するリレーショナルなアートの第一人者として国際的に活躍している。また「関係性の美学」にタイプ分けされるアーティストは、アートを日常に持ち込む、あるいは日常生活からアート作品を制作するという仕方で日常生活を重視する点でも共通していると言われる。

 以上のことをふまえるならば、確かに田中の作品は大きく分けて「関係性の美学」に分類できるのだろう。が、そうはいっても、田中が仕掛ける作品は、ギャラリーに来た人みんなでタイカレーやパッタイを食べるという、いかにもほかほかした「善い話」とは何かが違う。関係性の美学」に積極的に連なる作品群については、ある種の予定調和的な「善い話」に陥っているのではないかという批判がある。ニューヨーク大学のクレア・ビショップは「敵対と関係性の美学」(表象文化論学会編『表象』05、星野太訳、月曜社、2011年)のなかで、こうしたリレーショナル・アートが作るコミュニティとは、所詮アートの関係者による内輪の仲良しグループでしかないのではないかと指摘している。また、批評家の藤田直哉は、特に日本のなかで、地方行政の地域起こしのためのイベントとして利用されるリレーショナル・アートが、もはや商業主義に対するオルタナティヴとしての役割を失っているというと評している(「前衛のゾンビたち──地域アートの諸問題」『すばる』2014年10月号、集英社)[1]

 2.直接性を回避する

 「関係性の美学」に属するアートはあまりにも多岐に渡るので、ここで詳細な分類や比較を尽くすことは難しいけれど、少なくとも田中の作品は、以下の三つの特徴によって単なる「善い話」から遠く隔たっている。一つ目は直接性の回避、二つ目は収束しないこと、三つ目は抽象性である。直接性の回避とは、要するに集団的行為をその場でやらせること、一緒にその場でお茶飲む、タイカレーを食べるというような「生の行為」そのものを作品にしないということだ。その理由について、田中は、出来事そのもの以上に出来事を「記録すること」への関心が強いからと述べているが、同時に、当事者性に対する疑念にも言及していて興味深い。もしその場で一つの状況を作品として作り上げるとしても、参加者と傍観者を分けることはしたくないと田中は言う[2]。同様の問題に関連して、田中は以下のようにも述べている。 

ぼくらはいつも誰かを当事者と非当事者に分けたがる。2011年の震災以降の東京はとても不思議な空気に包まれていた。そこでは誰がどのように当事者であるのか、あるいはいかに当事者に近づけるのか、当事者(意識)に対してランクづけが行われているように思えた。当事者性を誇示するために、自分がどれだけ被災地を訪ねたのか、その距離の近さと訪ねた回数で自分の当事者意識を満足させるものも現れた。ぼくにはどうにもその感覚が理解できなかった。自分の中でそうした尺度を持つことはかまわないが、その感性が他者にまで拡大適応されることは理解できない。ぼくは、問題はもっと割り切れないものであると思っている。ぼくらの個別の体験は、もし俯瞰するのならば経験のグラデーションの中に配置されるはず。そしてそれを個別に見るのならば、その濃度を他者が判定するのはおかしい。それは距離と数の問題ではない。個々の深度は比較できない。(『必然的にばらばらなものが生まれてくる』60頁)

 個々人の体験を比較できないと考える田中は、他者の体験を容易に共有できないと考えているようだ。それゆえ、傍観者が傾聴すべき対象として掲げられる特権的な当事者性にも疑念を持っている。田中は、こうした当事者と非当事者の分断の回避という問題意識を、ヴェネチアでの展示「抽象的に話すこと」へと展開させた。

田中功起『必然的にばらばらなものが生まれてくる』武蔵野美術大学出版局

 例えばぼくらは自分自身の中に複雑な問題を抱えている。それは個々の固有の問題なわけだし、それが誰かの問題と交わることはあまりないだろう。問題はいつも痛みを伴い、その痛みは他者とは共有できないものだ。例えば同情や共感は、痛みを持つ者と持たぬ者のボーダーをむしろ強化してしまう。同情のベクトルは常に痛みを持たぬ者から持つ者へと向かっている。逆はありえない。だからぼくらは同情ではなく、別の方法でもって関わりを模索するべきだろう。(『必然的にばらばらなものが生まれてくる』44頁)

  思うにリレーショナルなアートのなかでも、その場でタイカレーをふるまうティラヴァーニャのようなアーティストは、他者への共感を相当楽観的に信頼しているのではないだろうか。ある参加者がタイカレーを食べているところに別の参加者が来た場合に、当然その人もカレーを食べたくなるだろうという目算なくして彼の企画は成立しえないだろう(この時の記録映像を観る限り、提供されているグリーンカレーが異様に美味しそうなので、共感よりむしろカレーのクオリティが要因だったのかもしれないが!)。田中は、こうした直接的な共感に留保をつける。だからビエンナーレの展示においても、直接的に被災者や被災地を作品化することを回避し、またその場で直接参加するプロジェクトを行うわけでもなく、いわば協働・協力の普遍的なストラクチャーを抽象的に取り出すための五種類の試行実験の記録という表現を採った。こうすることによって、田中は、当事者と非当事者という区別が無効になるような仕方で、問題を共有する可能性を探っているように見える[3]
 また先に挙げた田中の発言は、田中が協働、協力をどのようにとらえているかを示していて、興味深い。まずもって「同情や共感はむしろ痛みを持つ者と持たぬ者のボーダーを強化してしまう」という主張は、人間の協力的行為の起源に関する研究史を思い起こすならば、とても小気味好い。というのも、近年の進化論的観点からの研究や発達心理学では、共感こそが人間の協力を可能にする主要な能力として捉えられているからだ。
 哲学史上の大多数の哲学者は、人間の親切や協力の原因を理性に求めてきた。その代表例としては、たとえば理性に対する命令(カント)や功利的計算(ベンサム)などを挙げることができる。これに対して、ルソーやショーペンハウアーといったロマン主義者たちは、共感の重要性を主張した。そして20世紀以降、哲学史においてはマイノリティだった共感のほうが、動物行動学、進化論、発達心理学などの成果に基づき、協力や利他的行為の原因としてクローズ・アップされるようになっている。たとえば霊長類研究者のフランス・ドゥ・ヴァールや発達心理学者のマイケル・トマセロらが代表的だ。たとえばトマセロは人間同士の協力には「私たち性we-ness」の成立が前提条件になると主張するのだが、そのために必要な能力として、他者が見るものに注意を向けることができる能力(=ジョイント・アテンション(共同注視))の存在を明らかにしたのだった。
 トマセロを筆頭に、共感に基づく協力行為について研究するものたちは、大抵、ゲームであったり、ものを運ぶ作業であったり、複数人での協力が前提となっている作業を課題にし、実験的・実証的な方法により研究を進めている。しかも、彼らの実験の設定には、協力行為の前提として、共感に基づく「援助行為があるはずだ」という彼らの前提が含み込まれている。幼児を対象とする彼らの実験では、大抵誰かが一人ではなかなかうまくいかない作業に従事しているという状況が設定され、被験者である幼児がそうした状況に直面した際に、困っている者を助けるような行為をするかどうかがテストされるのである。

トマセロ『ヒトはなぜ協力するのか』勁草書房

 これに対して田中がヴェネチアで提示した「ひとりの髪を九人の美容師が切る」(2010年)(fig.2)、「一台のピアノを五人のピアニストが弾く」(2012年)、「ひとつの陶器を五人の陶芸家が作る」(2013年)(fig.3)、「ひとつの詩を五人の詩人が書く」(2013年)という五つのプロジェクトで非常に興味深く思われるのは、そのどれもが、基本的に一人で行うべき作業を、ある意味、無理矢理、共同で行うという設定になっている点だ。そもそもの協力モデルが違うのである。田中が想定する協力的な世界では、皆がそれぞれ個別のことに従事していて先導するリーダーを定めないため、助けるものと助けられるもの、共感するものと共感されるものといった非対称性が生じにくい。幾つかの作品では、特定の人物がその場を支配しようとふるまい始め、ヘゲモニー(=覇権)争いのようなことが起こるのだが、そうすると他のメンバーによって対称性が持続しないための努力がなされる。おそらくこれは、田中自身のインストラクションやメンバー同士の申し合わせによるものではなく、田中が作った状況設定に暗黙に組み込まれたものだ。

 もちろん共同作業において、他者への共感が全くないなんてことはありえないだろう。ただ田中のプロジェクトにおいて、参加者が協力の拠り所、導き手にするのは、一緒に作業している誰かへの共感であるというより、その場で響いているピアノの音であり、粘土の形状であり、モデルの髪である。一緒に作っている何か、私とあなた以外の、しかも実際に見たり触ったりできる物質としてある何かが、構成員同士の明示的なコンセンサスなしの、少し極端な言い方をするならば、「互いの意図に合わせなくてもできる」協力・協働を可能にしている。田中が作ったセッティングの風通しのよさはこうしたところにあると私は思う[4]

fig3 「ひとつの陶器を五人の陶芸家が作る」(2013年)

 たとえばトマセロは、猿が共同で行う狩りには「私たち」という意識が前提になっていないとして、人間の協力行為と区別する。要するに「獲物を捕らえる」という共通の目的に合わせて、互いの行為を協調させることができるだけでは、協力とは言えないというのだ[5]。ゴールの共有、「私たち」という意識、共に利益を得ることへの志向、規範といったものを、トマセロは人間的な協力の条件にしている。しかし、トマセロ自身も認めているように、こうした「私たち」志向は敵対する集団によって強化される諸刃の剣でもある[6]。いわゆる排外主義や全体主義への誘惑というやつである。だからこそ私は思う。動物のように、「私たち」志向が成り立たないままに協力できることのほうが、ずっと個々人は自由でいられるという意味で、可能性があるのではないかと。
 複数の人たちが特に互いの意図に合わせることなく、個々に自分の行為に専心しながら、それでもなお一緒に何かを作る/行うというタスクは、基本的に一つの目的や意味へと収束することがない。田中の作品では、一つの結論・最終解決はよくわからないけれど、それでも一緒に何かを作ることはできている、あるいは少なくともそのような試みはなされたというファクトが示される。「善い話」というのは、往々にして、ベタに一つの意味・意義へと落とし込まれる話である。だから、その意味でも一義的に収束しない田中の作品は、いくら協働作業という一見「善い話」を主題にしていたとしても、いわゆる「善い話」になりえない。次回は、こうした「あえて収束させない」という表現方法から、考察を始めることにしよう。

 【note】

[1] 「地域でおじいちゃんやおばあちゃんも子どもも一緒になにかをやる、あるいはtwitterで情報を共有したり、Facebookに写真をアップする、そういったことを「アート」として正当化してくれる後ろ盾として、ブリオーの『関係性の美学』が、流用、というか、もはや「悪用」されている」

[2] 『必然的にばらばらなものが生まれてくる』266頁

[3] 蔵屋は国際交流基金でのビエンナーレに向かっての途中経過報告で、以下のように述べている。「直接的に震災を経験していなくても、距離があったとしても、まぎれもなくそれが自分たちの問題であると受け止めるためにはどうすればよいのか、ということはきちんと考えてなければいけない。すべての人たちが、震災を巡る問題から排除されない論理を考えなければいけない。」(『をちこち』http://www.wochikochi.jp/topstory/2013/01/biennale-venezia-55.php

 [4] 田中はこうしたプロジェクトのなかで、作者である自分自身が、参加者と同様の技術(髪を切る、作詩、作陶など)を共有していないために、全体を統轄しえないことを指摘している。アトリエ・ワン『コモナリティーズ:ふるまいの生産』LIXIL出版、2013年、27頁。

[5] マイケル・トマセロ『ヒトはなぜ協力するのか』橋彌和秀訳、勁草書房、2013年、55-56頁。

[6] 「ひとびとが協働し、ひとつの集団として考えるように仕向ける最良の方法は、敵を特定し、「かれら」が「わたしたち」を脅かしていると非難することなのです。」『ヒトはなぜ協力するのか』84頁。

【Copyright】

(fig1)
Project title: Abstract Speaking—Sharing Uncertainty and Collective Acts
Date: June 1 – November 24, 2013
Format: Exhibition
Venue: The Japan Pavilion at the 55th Venice Biennale
Curator: Mika Kuraya
Organized by The Japan Foundation
photo courtesy of the artist, Vitamin Creative Space, Guangzhou and Aoyama Meguro, Tokyo

(fig2)
Project title: A Haircut by 9 Hairdressers at Once (Second Attempt)
Date: 2010
Format: Collaboration, video documentation (28 min)
Location: Zindagi Salon, San Francisco
Curator: Julio Cesar Morales
Participants: Victor A. Camarillo, Kristie Hansen, Nikki Mirsaeid, Olga Mybovalova, Sandra Osorio, Anthony Pullen, Brian Vu, Nicole Korth, Erik Webb, and Karen Yee
Production photography: Tomo Saito
photo courtesy of the artist, Vitamin Creative Space, Guangzhou and Aoyama Meguro, Tokyo

(fig3)
Project title: A Pottery Produced by 5 Potters at Once (Silent Attempt)
Date: 2013
Format: Collaboration, video documentation (75 min)
Location: Studio of Wang Feng and Han Qing, Beijing
Curator: Hu Fang and Mika Kuraya
Commissioned by The Japan Foundation
Created with Vitamin Creative Space, Guangzhou, and The Pavilion, Beijing
Participants: Wang Feng, Yuan Liang, Han Qing, Duan Ran, and Tan Hongyu
photo courtesy of the artist, Vitamin Creative Space, Guangzhou and Aoyama Meguro, Tokyo