[ 特別記事 ]

いま、「歴史」を問いなおす

関曠野ロングインタビュー第3回 知識人の行方

2017年3月14日

【知識人について】

【Q】最終章は「歴史の証人としての知識人」というタイトルですが、この中で知識人の立脚点というのはナショナルなものでしかありえないとおっしゃっています。また知識人はソフィストであるべきで、哲学者というより文学者に近いとも。この点について説明していただけますか。

【関】知識人が模範にしてはいけない典型がプラトンです。大衆より高い知識、真の知識を持っているというね。これがずっと啓蒙主義者やアカデミシャンに引き継がれているわけですけど、一般大衆と違う知識人の役割は、まさに彼らを呪縛している思想を明らかにすること、そういう形で助力することです。市民としての言論活動の一種のコーチとして――ソフィストはそういう役割を果たしました。そういう意味で知識人の活動領域は言語、言説なのです。古代ギリシャのソフィストは最初の知識人、パブリック・インテレクチュアルでした。つまり言葉は抽象的な自己完結したロゴスではなくてあくまでも公衆を説得するレトリックなのです。そして言葉は権力にかかわるもの、権力秩序にかかわる政治的なものです。言い換えれば言語は、私が何度も強調してきた人間につきまとうジレンマと不可分なのです。このジレンマは文化的政治的に解決するしかない。それも一時的暫定的に不安定なかたちで解決するしかない。この問題が言語を政治的なものにしているのです。

 権力者は現存する政治秩序をピュシス、自然のように不動で安定し論議の余地がないもののように見せかけようとする。だがソフィストのレトリックはそれがノモスにすぎないこと、一時的恣意的な不安定な構築物にすぎないことを暴きます。なぜなら人民と為政者との社会契約は絶えず再確認され更新されねばならないからです。こうして人々を呪縛している様々な言説秩序を解体してみせる。そして人民の発言に力を与える。人民の言説に効力を与える。言語は論理的整合性などという形式的なことによってではなく、レトリックとして、他者と公衆を説得する効果によって評価するべきものです。もちろん事実を尊重しデタラメを言わないことは大事です。しかし事実が尊重されるのは、それが最大の説得力をもつからです。裁判では事実認定がものをいいますが、裁判自体はレトリックの闘技場です。

 デモクラシーでは世論が統治する。それだけに権力エリートにとっては嘘や偽情報が支配の重要な戦略になります。今日の世界では、言語はその政治的効果によって評価されるということを正確に認識しているのは、マスコミと広告産業です。民衆は権力が生産する言説の無力な消費者に堕しています。報道はマスコミの職務の一部にすぎない。マスコミのより重要な職務は、民衆から政治的に効果のある言葉を奪うことです。言説秩序はエリートが上からお仕着せとして支給するものになる。だが今日はインターネットがすべての人が自分のメディアをもつことを可能にしています。このメディア・デモクラシーが社会を変えていくでしょう。

 デモクラシーとはなんであるかといわれたら、いろんな定義ができるのだけど、一つは、言説の淘汰がきちんと行われる政治社会であるということですね。だから言論の自由が保障されていればデモクラシーということではなくて、公衆の長期的な審判による言説の淘汰が行われなければダメなわけです。すべての人間が勝手なことを言っているのでは民主主義ではない。

 そこで強調したいのですが、「悪貨は良貨を駆逐する」といいますね。経済には常にそういう傾向があるわけですけど、私は言論においては逆だと思う。言論においては長期的には「良貨が悪貨を駆逐する」と思っています。知識人の言説が成立する根拠はそこにあると思っています。簡単に言えば30年前の総合雑誌を読んでみてください。いろんな評論家や作家が書いている。その中で何人が今も記憶されているか(笑)。ほとんど忘れられていますね。さすがという人だけ残っています。そういうものなのですよ。だから生きているうちにどんなベストセラー作家でも、死んで一年もすると忘れられる人がいっぱいいるわけです。こうして言説では、経済とは逆に、良貨は悪貨を駆逐します。そこに知識人が成立する根拠というのがある。だけど私は「関の名前は死後も残る」と思っていませんよ(笑)ただ、死後にも残りうるようなものを書きたいとは思っています。

 それからついでに知識人としてどういう人を現在評価しているかというと、これはこの本でも触れたモリス・バーマン(Morris Berman:1944~)とかジェームス・ハワード・カンストラー(James Howard Kunstler:1948~)とか、アメリカの異端の知識人で、ヨーロッパにはいない。この本でアメリカをあれこれ貶していますが、言論人・知識人で本当にすごいと思うのは、アメリカ人ですね。彼らは異端中の異端で、アメリカのエスタブリッシュメントをめちゃくちゃに言っているけど、けっこう影響力を持っています。名前はよく知られているし、彼らがなにをいうかエリートも気にしていますよ。彼らが単にエスタブリッシュメントを批判したり、アメリカ的な進歩信仰を迷信扱いしているだけではなく、環境問題から金融、歴史まで幅広い教養をもっていることでも感心します。その二人とあと、もう亡くなったけど、ゴア・ヴィダル(Gore Vidal:1925~2012)という、彼自身名門家庭の出ですが、キリスト教をあけすけに批判したりしている。

関曠野氏(3)【掲載用】

関曠野氏

 これらの異端の知識人には共通する特徴があります。彼らはみな 1972年のローマ・クラブ報告「成長の限界」を踏まえています。この報告は世界の未来を予測したものではなく、先進諸国がこのまま経済成長を続けていけばどんな事態が起きるかをシステム理論を駆使してコンピュータ・シミュレーションで探究したものです。外挿法によるシミュレーションです。その結果、たとえ有望な新油田の発見や思わぬ技術的突破があったとしても世界は21世紀初頭には成長の限界にぶつかることが明らかになりました。世界の現状はそのとおりになっています。1970年代以来、先進諸国は経済成長至上主義から転換しなかったのですから、これは当然のことです。この報告は反論などないまま黙殺されてきました。そして現在世界を揺るがしているさまざまな危機と混乱の根底には、工業社会が成長の不可避な限界にぶつかったということがあるのです。

 しかし彼ら異端の知識人はローマ・クラブ報告と同じことを言っているのではない。彼らは成長の限界ではなく、工業社会の終焉や文明の崩壊について語ります。カンストラーは「長期的非常事態」と言っています。そして経済成長至上主義から転換できなかったアメリカ社会の自己欺瞞や錯覚や頽廃を包括的な視点から論じています。アメリカ的な進歩信仰や人生の問題はすべて技術が解決してくれるというテクノロジー崇拝に対する彼らの批判は容赦ないものです。権力エリートだけを批判するのではない。それ以上に、民衆を呪縛している錯覚や幻想やドグマを暴いてみせるという点で、彼らはまさに知識人本来の役割を果たしている尊敬すべき人たちだと思います。ただヴィダルはアメリカの政治文化を痛烈に皮肉った人で彼らとは一寸違いますが。

 それからこの本では名前を挙げなかったけど、ジョン・マイケル・グリア(John Micheal Greer:1962~)という人。この人は古代ケルトのドルイド教の復活をめざしていて(笑)、アメリカにおける一番の司祭を自任していて神道にも関心の深い人です。だからといっておどろおどろしい人ではなくて、環境、金融、歴史でも包括的な教養があります。いまあげた人はみんな文明批評家という部類に入ります。そういう文明批評家タイプの知識人というのは日本では見当たりませんね。そういう点ではアメリカは一面ではすごいと思っています。彼らの翻訳はまったくないですけど、ブログがありますので、英文でもよければ日本でも読む人が増えてほしいと思っています。彼らのブログをネットで検索してみてください。

 覇権国アメリカの衰退は誰の目にも明らかです。だからここで強調したいのですが、アメリカの衰退は一国の衰退ではなくひとつの世界の終わりを意味しています。大英帝国の没落は史上あまたあった諸帝国の興亡の一例にすぎません。しかしアメリカは生活様式やテクノロジーから大衆文化までひとつの世界を作り出し、全世界に影響を及ぼしました。「国際秩序」という観念もアメリカ製です。19世紀には列強諸国の協調という考えはありましたが、システムとしての国際秩序という発想はなかった。この秩序が解体しようとしています。たとえばアメリカが戦後東アジアに構築した国際秩序が解体しつつあるので日本と中韓両国との軋みが大きくなっています。ひとつの世界が終わる。原油をエネルギー源とする産業社会が終わる。だからアメリカの異端派知識人という存在は旧ソ連の異端だったサハロフなどとは比較にならない大きな意義をもっていると考えています。

【Q】最終章では「世代交代」について語られていますが、若い世代と古い世代の交代というのは、いまおっしゃった言論の淘汰という形によるわけですね。

【関】それだけが言論の淘汰の原因ではないですけど、世代交代はやはり主な要因でしょうね。人間と動物を比較すると動物は生物学的変化で進化していくわけですけど、人間の場合、生物学的進化は完了しています。人間の進化は文化の進化です。文化の進化を推進する主要な動因は、世代の交代だということです。これは単純な事実です。私独自の特殊な議論とは思っていません。

【ジャン=ジャック・ルソーについて】

Q今後、取り組みたいお仕事をうかがえますか。

【関】ルソー論は3分の1まで書いたところで、リーマンショックがおきて、それ以降ほったらかしになってしまっていますが、生きているうちに書かなければとおもっています。ルソーについて基本的に言わなければならないことは、「現代思想」に書いた短いルソー論(注1)で言っています。それをもっと詳しく展開する必要がある。

 なぜルソー論を書かなければいけないか。その理由は二つあります。ひとつは、ルソーほどむちゃくちゃに誤解されている人はいないからです。フランス革命をアジった人間だと未だに思われている。ルソー自身、世間で有名なルソーと本人のルソーの二人がいて、「二人は全然似ていない」と言っています。前者が革命をアジったと思われている。ルソーは有名な『エミール』の一節で、革命を予想しています。フランスに革命が近づいている。ただしそれは社会の破局として。腐敗堕落した社会の破局として革命が起きると言っているのです。ルソーは、晩年には自分の原稿をパリの啓蒙主義者が押収して焼き捨てるのではないかと不安になって、ルイ16世に原稿を預けようとしたんです。ルソーは「共和主義」とは「法の支配」のことで、王がいるかいないかは関係ないと言っています。国王がいても法の支配が貫徹していれば共和国だと言っている。 彼はルイ16世の素朴な人柄をたいへん愛していたので、国王の処刑にはショックを受けたはずです。そういう誤解――ルソーは革命の元凶だという――は、まったく事実に反することです。

 もうひとつ、思想も誤解されていて、ルソーは原始的な自然というユートピアへの回帰を主張したと思いこんでいる人が少なくない。そんなこと全然言っていません。むしろ反対のことを言っている。人間は原始時代には戻れない、それならば人類が文明化したことの功罪を改めて考えよう、そのための尺度を提供したい。そういう議論をしているのです。このルソーは原始回帰主義者だったというのは、ヴォルテールが悪意をもって広めた偏見なんです。彼はルソーを敵視していた。典型的なブルジョワですから、ルソーの議論に脅威を感じたのでしょうね。これがいまだに伝わっている。ルソーが捨て子をしたとかね、これは事実だけど、これもヴォルテールがわざわざパンプレットを作って世間にばらまいた話なんですよ。

 ルソーは有名人ではありましたが、実際は食うや食わずの貧乏人で、写譜という楽譜を写すアルバイトで生活していた人です。彼の小説『ジュリーもしくは新エロイーズ』は18世紀最大のベストセラーになったけれど、儲けは印刷屋がほとんど持っていってしまった。当時は印税なんてロクになく文筆では食えませんでした。当時のパリでは、貧民が生まれた子供を国立の救護院――いまでいう「赤ちゃんポスト」ですね――に持っていくのはごく普通のことでした。ルソーはパリの庶民としては普通のことをしただけなんです。これをヴォルテールがスキャンダルとして宣伝した。この宣伝は今も効いていて、日本にもルソーの本は読んだことはないけど捨て子をしたことは知っているという人が一杯いるんだよね(笑)。そういうルソーをめぐる誤解を解いて彼が何を言ったかを明らかにする必要がある。

 ルソーの思想にはいろんな面がありますけど――それこそ古代のソフィストに遡るような社会契約論ということもあるし――これは「現代思想」の小論で書きましたが、ルソーの仕事にあえて学問としてのレッテルを張るとすれば、法人類学や政治地理学と考えられます。18世紀は啓蒙主義がはびこった時代だけど、一面では知の地平が拡大した非常に面白い時代でもあって、ビュフォンの『博物誌』もあるし、人類学は18世紀に起源があります。大航海時代にいろんな異文化に接触して多種多様な社会についての情報が入ってきたおかげで、文化を相対化して比較する視点が生まれた。

 だからルソーの著作を再考することは、18世紀を再評価することでもあります。ルソーは人類学の視点で歴史、文化、政治を考えた最初の人だったと言えます。これはレヴィ=ストロースもぼくと違う観点でいっていますが、彼は「人類学の創始者」でした。法人類学ということでいうと、ルソーはローマ帝国以来のヨーロッパの法律至上主義を否定して、社会は習俗――フランス語で「ムール(moeurs)」といいますけど――の上に成立していると論じました。ムールが社会を日常的に統合しているのであって、国家が制定する法律は二次的なものなのです。法律は例外的非日常的な事態に対処するための手段にすぎない。一例を挙げれば、日本の社会秩序も庶民のムールによって保たれている。だから一億以上の人口に対して20万人程度の警察官がいれば足りるのです。そして社会の変化は、そのムールの静かな変化によって起きる。だからムールの腐敗堕落ほど危険なものはありません。ルソーは法人類学の視点をモンテスキューから学びました。そしてモンテスキューの「法の精神」は、ローマ帝国以来の法学とは対照的な、習俗に根差す法文化についての著作です。

 ルソーにはもう一つ、政治地理学の視点があります。政治体制はその国の地理とか風土から切り離して考えられるものではない。だから彼は「コルシカ憲法草案」を書いた際に、まずコルシカ島の地理学的特徴の分析から始めています。これも非常に重要なことです。ところが19世紀には産業革命の影響で発展段階論という歴史観が生まれ、それが政治地理学を押しつぶしてしまった。その結果、アメリカン・デモクラシーを中東からロシアにまでに押し付けることができるといったとんでもない妄想が生じました。各国の政治体制は地理や風土によって規定されるということを現代人は学び直す必要があります。

 そしてルソーの政治地理学の視点からは、巨大な国家ほど崩壊しやすいという議論が出てきます。大規模な国家では為政者と民衆がかけ離れてしまい、為政者は民衆がなにを考えているか分からなくなる。民衆にとっても国家との一体感が希薄になる。その結果、政府は国家の中の別の国家のようなものになり、為政者グループの論理だけで勝手に動くようになってしまう。大国にはそういう危険があるとルソーは『社会契約論』のなかで警告しています。そういう危険をなくすためには、国家はまとまりがいい小国であることが望ましい、小さな国家が望ましい。それでも大きな国家を作らざるをえない場合には、小さな国家をつなぎ合わせた連邦制が望ましい。モンテスキューとルソーの視点からはそういうことになります。この国家の規模ということも19世紀以来無視されてきた問題です。むしろ経済発展のためには、できるだけ大きな中央集権国家が望ましいとされてきました。だが今日でも総合評価が高い国は、スイスやデンマークのような小国です。

 19世紀以来、産業革命の影響で18世紀は「啓蒙の世紀」とされ、ビュフォンやモンテスキューやルソーの遺産は無視されてきました。そして人間はどこの国でも功利的利己的な「経済人」にすぎないとされてきました。だが今日、この「経済人」というグローバリズムの前提は根本から揺らいでいます。経済至上主義で国境をなくし移民を大量に入れたために、欧米の社会は大混乱に陥っています。これも、社会は法律ではなく習俗によって統合され、法と政治は風土に根差しているという18世紀の教えを忘れ去ったことの帰結なのです。

Q今度の本ではルソーについてはあまり触れていませんが、今のお話を伺って「人民主権」の部分(第4章)と関係すると思いました。

【関】今度の本で、ルソーがどういう役割を果たしているかというと、この本のなかで何回も繰り返し言っている「人間のジレンマ」の問題(注2)――人間にはどうしても社会的協力が必要なのに、集団形成の本能がないというジレンマ――です。この問題は、文化と政治によって解決するしかない。この問題を政治理論として最初に定式化したのがルソーなのです。だからルソーは原始回帰などまったく関係はなく、人間のジレンマの問題を中心に政治、文化、歴史を考えた著作家でした。それがヴォルテールのような啓蒙主義者の反発を買ったわけです。彼らは理性によって完全な社会ができると主張していましたから。彼らからみるとルソーは思想的危険人物でした。

 ルソーはこのジレンマの問題をまず『人間不平等起源論』で提出しました。題名から誤解されそうですが、この論文は「革命で万人が平等な国家をつくれ」といった議論とは何の関係もありません。この論文でルソーはまず「自然人」という理論モデルを提出します。自然人は原初の森の中に住み完全に自足して生きており、他の人間とは偶然出会うだけの孤立した存在です。しかしいろいろなことが契機になって自然人は他の人間と社会を形成せざるをえなくなる。そして社会の規模が大きくなり機構が複雑になるにつれて、あのジレンマがはっきりと現れてくるのです。だから自然人というモデルは、このジレンマの問題を浮き彫りにするための仮設といえます。

 そしてルソーによれば人類の歴史は、このジレンマの解決に失敗し続けてきた歴史にほかなりません。むしろ歴史の進展と共に、このジレンマは深刻なものになってきた。社会秩序をうまく作れないことが、むしろ自然人のような自足し自己完結した存在でありたいという欲望を強めた。それは富と権力を握って他の人間の上に立ち、社会による拘束や制約を免れたいという衝動を生み出す。そういう人間にとって社会とは自分が富と権力を獲得するために利用するものでしかない。富と権力があれば人間は社会に拘束されない存在になれる。だからエリートは口では綺麗ごとを言っても、実際は自分と庶民を隔てる不平等への愛で動いている。そして不平等への愛は、他人を蔑み辱めることに悪意ある喜びを感じる人間を生み出す。

  社会に生きる人間はジレンマに苦しむ存在であるというルソーの見解は、18世紀に流行した「人間は生来社交的である」という議論と真っ向からぶつかります。アダム・スミスの「見えざる手」もこの手の議論のヴァリエーションと言えます。だからルソーと啓蒙主義者の対立は深刻なものになり、ルソーのその後の著作もまともに理解されませんでした。「不平等起源論」には博物学者ビュフォンの決定的な影響があります。ルソーはビュフォンからキリスト教のように人間と動物を区別しないこと、人間も種として考察することを学びました。そこから種としての人間に内在する欠陥やジレンマという見解に至ったと言えます。そして「不平等起源論」で提起した問題に対する回答として「エミール」や「社会契約論」を書きました。エリートの不平等への愛は人間社会のジレンマを深刻化させ社会を破滅させる。だが特権的な富と権力をもたない民衆は、種として存続せよという自然の命令により忠実である。人類はエリートが蔑む無学な民衆のおかげで今日まで存続してきた。これがルソーの基本的な立場です。

 私はこの本では「人間のジレンマ」について再三触れていますが、この点がルソーの議論を反映しているところです。ただ、ルソーのこの面が全然理解されていないので、なんで関がいきなり「人間のジレンマ」などいうことを語るんだろうと思われたかもしれませんが、これはルソーの影響です。

【モンテーニュの重要性】

【関】他には、書く気力があればですが、モンテーニュについて書くべきかなと思っています。この本ではヨーロッパを専らロゴス的文明として論じていますが、これは近代の日本人にとってヨーロッパはそういう文明だったからです。だがヨーロッパはロゴスだけでできているわけではない。ロゴスの伝統から外れて真理の権力から脱却しようとした人もいるわけで、その典型がモンテーニュです。

 モンテーニュはご存知のように宗教戦争の最中に生きた人で、しかも国王の補佐官というフランスではトップの地位にあった。その人が38歳で政治の舞台から引退して自分の領地だったシャトーの塔にこもってひたすら『エセー』を書き続けた。彼は宗教戦争の原因をとことん考えようとした人です。そして宗教戦争がありえないような生き方を模索した人です。今度の本で私は、宗教戦争という破局が近代ヨーロッパの原点になったことを指摘しています。「進歩の理念」もこのトラウマの疼きに何とか耐えようとして生まれたものです。米英独仏の国柄の違いも、これらの国が宗教戦争をどう潜り抜けたかということで説明できます。さまざまな時代劇を製作してきたハリウッドがなぜ宗教戦争をテーマにした映画だけは作りたがらないのか、考えてください。宗教戦争がそれほどヨーロッパの近代を左右したのであれば、その宗教戦争の原因を掘り下げようとしたモンテーニュは極めて重要な人です。そこから出てきたのは思想としての権力という問題です。いかに人間が思想によって洗脳されて思想の奴隷になり、それが宗教戦争を引き起こしたか。権力者に強制されるのではなくて、思想的に洗脳され、それで自発的に集団的な狂気に陥り非行に走るという問題です。そういう点で、モンテーニュはヨーロッパの思想史のうえでニーチェに匹敵する重要さをもつ人です。

 彼の主著は、『エセー』という、「試行」という意味ですね。つまり人間の思考は試行錯誤の過程であり常に修正されていくべきものという、ある意味では近代科学の精神を予告する立場に到達した人です。ドグマとしての真理に頼らず、自分の考えを現実の世界と他人の意見と比較し。絶えず試行錯誤によって修正していく。モンテーニュは「私は何を知っているのか(Que sais-je?)」と問いました。ヨーロッパの伝統は人間の知性をあまりにも過大評価してきた。人知は神さえも認識できるとしてきた。だがその知性においても人間は有限な制約された存在であり、この事実に対して人間は謙虚であるべきなのです。こうして彼は哲学や神学のメガネを外して人間と世界をありのままに見ようとした最初のヨーロッパ人になりました。

 ただモンテーニュの不幸は、後に悪い読者をもってしまったことです。その典型がジョン・ロックです。ロックはモンテーニュの本から、人間は自己完結した個人であって、その個人の身体・生命・財産を保護するのが国家の課題であるという自由主義の議論を引き出した。ロックは思想による支配という問題にはまったく無関心で、むしろ独断的なプロテスタントでした。モンテーニュは宗教戦争の原因は個人の内面に探らなければならないと考えましたが、これは個人主義的な倫理や世界観を提唱したということではありません。そしてもう一人の悪しき読者がデカルトです。モンテーニュにおいて懐疑は人を呪縛しているドグマから解放する自由で闊達な懐疑でしたが、それをデカルトは一切が信じられなくなる破壊的な懐疑にしてしまった。そしてモンテーニュの謙虚な省察を「我思う故に我あり」の独断的な唯我論にしてしまった。これは、知性の限界を認め自分の思考を絶えず修正する試行錯誤とは正反対のものです。こうして「エセ―」は哲学的合理主義という鬼子を生みだしてしまった。そういう不幸があるのです。

三室氏(2)【掲載用】

三室勇氏

 そのなかで本当のモンテーニュの後継者だったのが、ルソーです。ルソーはモンテーニュの影響抜きには理解できません。そういう意味ではルソーも宗教戦争がヨーロッパに何をもたらしたかを考えた人です。宗教戦争が残した問題は啓蒙主義によっては解決されていないことをはっきり理解していました。啓蒙主義は、アメリカ大陸の征服がヨーロッパにもたらした物質的繁栄に基づいた自己満足の産物でした。これは信仰の破綻が残した精神的空白に対する答えになるものではない。 そこでルソーはモンテーニュの衣鉢を継いで、人間社会のジレンマについて考察することになったのです。

 あとは今度の本でもニーチェについて触れているので、ニーチェの『道徳の系譜』についてやはり小論くらい生きている間に書くべきかな、と思っています。

【Q】最後に、若い世代に対するメッセージをお願いします。

【関】それは、よき日本人であれ、ですね。この本を読んでもらえればこれは、独りよがりの国粋主義者になれという意味ではないことはわかってもらえると思います。

Q若い人は割と「日本人であること」を意識していますね。

【関】もう進歩史観や皇国史観はどっちも完全に解体していますからね。実際は1960年の安保闘争の時点でどちらも解体しているんだけど、その後半世紀にわたり日本人はネーションとしての日本という問題を棚上げにしてきましたからね。若い世代はゼロから考えなければならない。しかし人間は歴史に無関心のまま生きることはできません。さもないと自分とは何なのか分からなくなる。だから今の若い人の歴史への関心は高いと思いますよ。

Q長い時間ありがとうございました。

 (完)

:「なぜジャン=ジャックは我等の最良の友なのか」「現代思想」青土社、2012年10月

:第5章など参照。