[ 特別記事 ]

いま、「歴史」を問いなおす

関曠野ロングインタビュー第2回 日本・ネーション・貨幣

2017年2月19日

ネーションについて】

【Q】今度は日本(史)についてお聞きします。西洋思想史が専門の関さんが日本の歴史について言及するのは珍しいと思いますが、今回の本は2章分、日本史にさいています。他の章でも、日本文化や日本人の感性について言及されています。今度の本の特徴として、仮に「日本的なもの」と呼ぶとして、それを再評価しているように読めます。

 【関】私は特に「日本的なもの」を評価しているというつもりはないのです。ただ、私の議論の前提になっているのは、ネーション(nation)という存在があるし、ネーションという枠組みで歴史を考えるべきだということです。民族=ネーションというのは近代ヨーロッパで生まれた政治社会の新しい在り方です。ヨーロッパ史の文脈からすると、ネーションは封建制身分制社会と対比することでよく理解できます。まず第一に、かって人々は身分ごとに別の世界に住んでいました。これに対し、民族国家、ネーション=ステートでは人々は等しく権利と義務をもつ存在として、国家という同じ公共的現実に属しています。そしてよく誤解されているので強調しておきますが、「平等」とはあくまで「民族国家の成員としての権利と義務における平等」のことです。「人類の一員としての平等」などというものはありません。人類は法的共同体ではないですから。たとえば外国人が日本に亡命してくるとして、亡命を受け入れるかどうかは主権国家日本が判断することです。外国人に「人類の一員として日本に住む権利」がある訳じゃない。いや「世界人権宣言があるじゃないか」と反論する人がいるかもしれませんが、この宣言を承認するかどうか、どう解釈するかも主権国家の判断です。

 そして第二に、封建社会は力による統治を主な原則としたのに対し、民族国家は言論、世論による統治を原則とします。ネーションが「言語、文化、歴史の記憶を共有する集団」と定義されるのもこの言論による統治に関係しています。言語、文化、歴史の共有は、まともなコミュニケーションが成立しうる前提条件ですから。世論による統治がそうしたナショナルな民衆の文化によって裏打ちされると本物のデモクラシーが生まれてきます。だからデモクラシーは本来ナショナルなものなのです。そして人間が形成できる政治的共同体の大きさは、人々が言語、文化、歴史を共有する民族国家、ネーション=ステートが限度なのです。 ネーションより巨大な超国家的な機関、NATOなりEUなり国連とかも政治共同体になっていると考える人は、私の議論に反駁するでしょう。私ももちろん反駁しますけどね。超国家的な機関などというものは官僚的フィクションでしかありません。

  ネーションは近代的政治社会の特徴的な現実であり、歴史の事実です。これは特定のイズムやイデオロギーの産物ではありません。だから「ナショナリズム」という言葉はおかしいのです。人々は特定のイズムに洗脳されてネーションになっているわけではない。しかもこのナショナリズムなるものは悪の代名詞にされてきました。とくに戦争の原因になるとされてきた。こういう議論は歴史の検証に耐えません。20世紀には二度の世界大戦がありましたが、第一次大戦は諸帝国の抗争、第二次大戦は純然たる経済が原因の戦争でした。覇権主義や拡張主義が言葉の濫用でナショナリズムと呼ばれたために、ネーションという言葉の本来の意味が忘れられてしまった。そして「ナショナリズムという悪いものがある」というのは基本的にアメリカのプロパガンダなのです。アメリカのグローバリストにとって一番目障りなのは、国家の主権であり、主権を盾にとった民衆の抵抗です。だから「ナショナリズムは世界大戦を引き起こした諸悪の根源」と嘘をつき、今もグローバリズムへの反撃には「危険なナショナリズム」のレッテルを貼るのです。

  「国際主義(internationalism)」という言葉は19世紀末のヨーロッパで生まれましたが、この言葉が広まったのは20世紀になってからです。第一次世界大戦をきっかけにアメリカのウッドロウ・ウィルソン大統領とソ連のレーニンが、国際主義を人類の新たな福音として広めました。とりわけウィルソンはアメリカの自由民主主義を世界が見習うべき模範とし国際連盟を創設するなど、この世紀の国際主義を代表した政治家でした。「国際社会(=インターナショナル・コミュニティー)」という観念をアメリカは広めましたが、これは世界のすべての国をアメリカに似た国にすることを意味していました。このコミュニティーに属さない国は人類の敵です。だからアメリカは第二次世界大戦を日独という国際的無法者に対する正義の戦いということにした。そして大戦に勝って覇権国になったアメリカは、望んだようにアメリカナイズされた国際社会を作り出した。日本や西欧の同盟諸国には安全保障体制で米軍基地を置きその主権を制限する一方、ブレトンウッズ体制で貿易の拡大による繁栄を約束した。

 しかしこの国際主義は、ドルと金の交換を停止した1971年のニクソン大統領声明で終わります。各国の主権を一応認めていた戦後の国際主義は、無国籍な国際金融資本が主導するグローバリゼーションに変わりました。だから昨今のEUでの反移民反ユーロ勢力の台頭は、国際主義とナショナリズムの対立ではない。20世紀のウィルソンやレーニンの国際主義はすでに博物館に行きました。今起きているのは、グローバルかローカルかの対立なのです。無国籍な資本は全世界を瞬時に移動できるが、人類の大部分は特定の土地に定住してその風土に馴染んでおり、流動的な存在ではない。この問題が今の世界を揺さぶっているのです。

【日本史について】

【関】このように私はネーションを近代的政治社会の現実、事実として考察しています。日本は19世紀に開国して国際的法的共同体に組み込まれ諸外国に主権国家として承認されてネーションになりました。しかしこのネーションになった日本を支えているのは古代以来の日本独自の歴史的文化的蓄積です。そして日本が非西欧世界で唯一いち早く順調に近代化したことが、その功罪もふくめて注目されます。その秘密を解く鍵も古代以来の日本史にある。そうした観点から日本史を事実として思想史的に検証したいということです。

 私のみるところでは、われわれが近代日本の歴史を理解しようとする際に、ふたつのことがわれわれの理解を歪めています。われわれは歪んだ眼鏡をかけています。ひとつは戦前の日本帝国はかなり帝政中国を国家の模範にしていたということです。従来はプロイセンの影響が注目されてきたので、このことを強調しておきたいと思います。たとえば教育勅語は日本を儒教国家にする試みでした。高等文官試験は近代の科挙です。この帝政中国化が皇室の理解などを歪めてきました。もうひとつは、戦後日本のアメリカナイズで、左翼が主導するかたちで進歩史観、近代化史観が蔓延り、これが近代以前の日本の像を歪めてきた。だが日本は中国でもアメリカでもない。この両者に圧倒されそうにみえても自己流にその影響を咀嚼してきたところに日本の才覚がある。 

 私が提起しているのは、この中国とアメリカの二つの眼鏡をはずして日本史を考え直してみよう、再検証しようということです。あくまで再検証しようとしているだけで、とくに「日本的なるもの」に思い入れをしているわけではありません。

 それで日本という国を考えてみると、例えば島国であって、モンスーン地帯にあるとか、地震の多い地質学的特性とか、そういう風土上の特性があり、それに基づいて生活様式が生まれてくる。中国人は椅子にすわるが、日本人は畳に座るとか、障子で部屋を仕切るとか。そうした生活様式からおのずと文化・習俗が生まれてくる。その一方で、古代の中国や近代の欧米の先進的な文化の摂取もしてきた。そうしたことの意味を再考していきたい。

 私はまた日本にとって神道と仏教がもっている意義を強調していますが、神道と仏教を抜きにして日本の歴史は理解できないという当たり前のことを言いたいだけです。これから日本人は全員必ず神社に参りましょうという話ではありません。(笑)

 そして日本人はユニークだと論じていますが、もちろんどこの国の文化も社会もユニークです。カンボジアとベトナム、スペインとポルトガルみたいに隣り合っている一見よく似た国でも国柄はまるで違います。ただ日本はひときわユニークな国とは言えるでしょう。極東にありながらヨーロッパに似た社会構造をもっていた変な国なんですよ(笑)。これはもちろん優劣の問題じゃない。

 とにかく明治以降の帝政史観というか皇国史観と戦後のアメリカナイズした歴史観という二つの眼鏡をはずして日本の歴史をミメーシス論の視角から再考するということです。だから新たな「日本主義」の提唱とかそういうものでは全然ない。

 むしろ私は謙虚さを強調したいわけです。日本人はアメリカ人にはなりえない。日本人は日本人でしかありえない。そういう謙虚さに立ったうえでの自尊心や自国の文化伝統に対する誇りはあってしかるべきです。日本という国のナショナル・キャラクター、国柄を日本人の民族的個性と考えた場合、これは人間の個性と同じで、長所は同時に短所でもある。このことさえ踏まえていれば民族的個性という議論が独善的で傲慢な国粋主義に脱線する恐れはないはずです。例えば日本人は概して仕事が緻密で中国人は雑ということは言えると思うんだけど、これは逆にいえば、日本人は小うるさくて中国人はおおらかだともいえるわけです(笑)。だから万事大ざっぱな人には、日本は息苦しい国かもしれない。日本人の地域や団体への帰属意識は日本人を精神的に安定させていますが、同時におかしな組織への服従になったりすることもある。

【Q】ナショナリズムを批判するときに、よく日本の中にも多様性があるのに一緒くたするなという言い方がありますね。でも、関さんの議論は、多様性を踏まえたうえで共通するナショナル・キャラクターを考えるということですね。

【関】ここでは議論の次元を混同してはならない。民族国家は法的共同体であり、その法に統一性がなく多様だったらえらいことになります。たとえば移民がホスト国の法よりイスラム法に従うようなら国家は崩壊してしまいます。それとは別に、社会としては日本はむしろきわめて多様性に富んでいます。例えば関東人と関西人はずいぶん違う。日本列島の住民はみんな同質と一緒くたにされてはたまったもんじゃない。愛知県でも名古屋と私が住んでいるこの三河の豊橋は住民の気質がだいぶ違うんですよ(笑)。しかしアメリカ人と向き合わせてみると、やはり同じ日本人だということにならざるをえない。

 これは北海道から沖縄までの日本列島の住民が言語、文化、歴史の記憶をある程度共有していて、コミュニケーションの共同体を構成しているからでしょう。アメリカ人とはなんとか話し合うことはできても、文化や歴史を共有していません。だからアメリカ人とは包括的なコミュニケーションの共同体はつくれません。そういう共同体があるかぎり、とにかく齟齬は互いに擦り合わせて協力し合って日本という国をつくっていこうという気になれるわけです。

 ですから複数の公用語がある国がネーション=ステートであることは難しい。四つの公用語があるスイスはそういうネーションとしての脆弱性を自覚しているから、それを徹底的な自治と分権の原則、国民投票制などで「国家から排除された」と感じる人々が出ないようにしているわけです。

【Q】こんどの英国EU離脱(2016年6月23日の国民投票)以後にいわれた、スコットランドが英国から離脱するとか、あるいはカナダにおけるケベックとかそういう問題は日本にはありませんね。沖縄は少し特殊かもしれませんが。

【関】そうですね。日本人はよく協力し合うほうですね。イタリアでは北部同盟とか、ドイツはバイエルンとかスペインのカタロニアとか、ヨーロッパのあちこちで富裕な地域の分離独立運動が目立ちます。スコットランドの場合は反対に貧しい地域の自立の運動ですが。われわれが払った税金は地元に回らないで貧しい他の地域の助成に使われている、国家に属していると損だから独立するという動きです。日本ではそういう騒ぎはおきませんね。島根県は納めている税金の23倍のお金を中央からもらっているそうですが、だからといってけしからんから島根県を切り捨てろという話にはなりませんよね(笑)。 

 八雲たつ出雲の国を納税額で評価するなど畏れ多い。むしろ島根県は過疎や高齢化で同情されている。この日本とヨーロッパの違いは興味深いですね。日本は種族や宗教などの違いによる内戦や侵略を経験したことがないから、ネーションは大きな家族といった意識が強いということなのか。ついでに言うと、沖縄はローカル色が強烈ですが、由緒ある神社や寺がある紛れもない日本文化圏の土地です。それに「祖国」をスローガンに掲げた運動を県民ぐるみでやったことがある県でもあります。

【サブカルチャーについて】

【Q】日本の伝統文化というか、今回の本には収録されませんでしたが、関さんはマンガなどのサブカルチャーについても分析されていて、「成長の限界からオタク世代へ」(「GRAPHICATION」2014年1月、190号)という文章も書いていますね。こうした関心はなにかきっかけがあったのか、もともと関心があったのでしょうか。

【関】私も子供のころ人並みに鉄腕アトムとかサザエさんを読んで育ったので、マンガには親しんできましたが、テレビをもったことがなかったんですね。たいていの人はテレビからアニメに入ったと思うんです。私の場合はアニメに触れたのはだいぶ遅くてインターネットをやるようになってから、ネットにアップされたものでアニメの世界を知るようになりました。

 今度の本のなかではポップカルチャーについては触れていないので、ついでに私がどう見ているか言っておきます。日本では俳句とか短歌はごく普通の庶民が趣味としてたしなみますね。特に文学とか芸術とか意識しないで。これはかなり日本独特な現象です。近代ヨーロッパでは詩人といえば特別な才能を持った孤高の存在ということになる。日本では逆に俳句・短歌はごく普通のたしなみです。戦国武将も辞世の句を詠む。だから日本でヨーロッパ型の詩人になろうとする人は、こう言っては悪いけどナルシシストにみえることが多いんです(笑)。

 これは非常に日本独特の現象です。日本では文学は超俗的孤独ではなく社交に結びついているんです。だから句会や歌会始めなどもある。この日本の文学芸術の社交性は、やはりこの本で話している日本語の特質、日本語では単語自体に状況と文脈を喚起する力があるということに関係があると思うのです。

  単語にそういう喚起力があるから、日本語を使っていると俳句や短歌になるような情景がすっと浮かんでくるということがあるんじゃないか。マンガにもそれがあると思うのです。多少素質のある人なら、言葉を聴いただけでパッとマンガのコマが浮かんでくる(笑)。日本の漫画文化の隆盛は日本語の特性に関係があるというのが私の見方です。

 だから日本にはアマチュアマンガ家がわんさかいて、コミケで同人誌を販売している。するとスポーツと同じで、裾野が広いからピラミッドの頂点もすごく高くなる。日本のマンガのレベルが高くなる。このようにマンガに向いている日本語の特性が絡んでいるから外国のマンガやアニメは、なかなか日本のレベルに追いつけない。

 そのうえ日本と外国のアニメと比較してみると、外国のものは、まず観念があってそれを絵解きする絵を機械的につなげていく感じのものが多い。ディズニーなどはそれなりに立派なものではありますが。日本のアニメでは、会話の流れと絵の流れが完全に同調していて、切れ目がない感じがする。やはりこれも日本語の特性のなせる業ではないかな。それがまた日本のマンガ・アニメに特有の物語性の豊さに関係しているのではないか。以上はあくまで仮説ですが。

 そして日本のポップカルチャーを成立させているのは何よりもその客筋、消費者です。ここにもまた日本独自の要素がある。 前にもいいましたけど、欧米とか中国の伝統では、生成は存在として完成されるという思想がある。そのせいで人間を一定の類型、期待される模範的人間像に押し込めようとする傾向がある。中国でもヨーロッパでもこの思想は大人と子供を峻別する思想になるわけです。つまり文明の理想に従って大人は君子やジェントルマンとして完成され、子供は未熟な不完全な存在とされます。

関曠野氏(トリミング第2回)

関曠野氏

  ヨーロッパでそうした思想を初めて打破したのがルソーなんです。ルソーは『エミール』で、子どもには子どもの世界がある、そのことを理解しないと本当の教育はできないと論じました。たが日本人には昔からこのことは自明の理だったんです。だから江戸時代から子供向きの絵草紙とかあったわけですね。日本人は、子どもには子どもの、若者には若者の世界があるということが分かっていた。これも日本のマンガ文化の背景にあるんじゃないか。子どもは子どもなりにお小遣いで「少年ジャンプ」を買ったりして、日本のマンガ業界の市場をバカでかいものにしている。ところが子ども文化がなかった欧米では、子ども相手の市場――日本には「ジャリ産業」というけしからん言葉があるけど(笑)――がなかった。アメリカでは、マンガは大人に保護される未熟な存在である子どものためのお子様ランチらしい。だから日本のアニメを放映する場合でも、主人公などが死ぬシーンはカットしたりして、子どもを傷つけないようにしている。でも日本では子どもが平気でエロ漫画でもみている(笑)。日本には子ども文化・若者文化が昔からあったこともマンガ・アニメ文化が隆盛になる原因のひとつではないか。

 今日本のアニメは世界的な人気を博していますが、かつて日本映画も世界的に高く評価された時代がありました。ではなぜ映画が霞んでアニメが輝くことになったのか、考えてみるべきでしょう。ぼくは1950年代が日本映画の黄金時代だったと思っています。あの時代をリードした小津安次郎、溝口健二、成瀬巳喜男といった監督ですが、彼らはみな大学出ではなくて道具方などで撮影所に入って映画製作の現場でたたきあげた映画職人ですよ。芸術家でござい、なんて発想はまったくなくて、彼らに美学があったとすれば、それは一般的な日本の庶民がもっている美学なんです。ただそれを独特の職人芸で映画にした。だから小津美学とか溝口美学といったものがあるのではなく、職人芸が彼らの身上だった。それが50年代の映画黄金時代をつくった。映画がだめになったのは60年代以後です。有名大学出が映画監督になるようになって、芸術家でござい、文化人でございという姿勢が日本映画をだめにした。そしてかつての映画の職人芸の世界をアニメ業界が継承したとみています。

 アニメはいまでも職人芸の世界で、アニメーターは芸術家や文化人と思われていない、日本のマンガ・アニメのゴッドファーザーだった手塚治虫も職人に徹した人で、文化人的発言なんかしたこともない。有名無名を問わずアニメーターは芸が売り物で、その美学は日本人が集団的に分かち持っているポップな美学です。だからアニメーターはポップカルチャーの旗手になれる。こうしてアニメはかつての黄金時代の日本映画の伝統を引き継ぎ復活させたと考えています。

 ついでに言うと、日本のポップカルチャーは関西が発祥ですね。アニメは戦前から京都松竹がつくっていた。手塚治虫は典型的な関西人です。ストリートファッションは大阪のVANが元祖でロリータ・ファッションはやはり大阪のアメリカ村です。関西文化が母胎なんです。外国人は日本のポップカルチャーというと原宿や秋葉原を連想するようですが、東京はショーウィンドーにすぎないんです。

 マンガとアニメは、日本のお家芸として柔道や剣道と同じで、業界の浮沈はあっても、今後も消え去ることはないと思います。ただし、漫画家やアニメ作家が文化勲章をもらったり、天皇の園遊会に招かれるようになったらアウトですよ(笑)。

 ついでにいうと、私が日本のアニメ作家で一番評価しているのは、今敏です。あの人はアニメでしか描けない世界をつくり出した天才だったと思う。今さんが若死にしたのは本当に残念なことです。生活が荒れていたという問題があったようですが。

【マルクス主義について

【Q】少し話題を変えて、関さんはマルクス主義、マルクス批判については、この本のなかでも強く論じていますし、これまでも『左翼の滅び方について』(窓社、1992年)でもマルクス主義の問題に触れているわけですが、そのあたり少しお話いただけますか。

【関】今度の本を読んだ人の中には、関はマルクス主義を敵意をもって執拗に批判していると思った方もいるかもしれませんが、それは誤解です。マルクス主義はとっくに死んでいて、批判に値するような影響力などもっていません。私がこの本でやっているのは、この死んだマルクス主義の司法解剖と検死報告です。ではなぜすでに死んだ思想の検死報告が今さら必要なのか。それは日本人にはマルクス主義が西洋と近代を理解するためのほとんど唯一のアンチョコだったという問題があるからです。そして今の日本はこのアンチョコがもう役に立たず、といってそれに代わる説得力がある別の”歴史観”も見つからないという知的混乱状態にあるからです。

 日本は19世紀半ばに開国して国際的・法的共同体に主権国家として組み入れられ、欧米の覇権が支配する世界史のドラマに否応なしに参加することになった。これを一応、日本の国際化および近代化の過程とすれば、この転換は日本がそれまで持っていた知的資源では説明できない、つまり「日本書紀」や国学では説明できない未知な過程だったわけです。開国と同時に日本がキリスト教国になっていたなら、これも神の思し召しということで済んだでしょうが、そうはならなかった。しかしやはり日本が近代化・国際化したことの歴史的意義はそれなりに理解する必要がある。日本国の枠を超えた世界史の大理論があったらいい。それに応えて、日本人に一応もっともらしい歴史の見方をもたらしたのがマルクス主義だったということです。

 そういう意味で、日本においては、マルクス主義は単なる左翼の党派イデオロギーを超えた意義をもっていました。知識層にとっては、日本の近代化・国際化を説明できる殆ど唯一の歴史の大理論だった。だから保守派の論客がマルクス史観を批判しても、嫌味を言うなど揚げ足取りしかできなかった。

 しかしソ連の崩壊からすでに四半世紀もたち、マルクス主義は歴史のゴミ箱に行きました。だがその結果、日本人は、日本の近代化国際化をもっともらしく説明し正当化してきた大理論を失ってしまった。近代化国際化してきたことの意味が分からなくなった。こうして今の日本の知的状況は、あらゆる点でばらけてしまっている。だからわれわれは「どうもマルクス主義は死んだらしい」という曖昧な認識で適当に済ませておかないで、「マルクス主義の死」の意味を改めて歴史としてしっかり検証する必要があるのです。この思想史的検証の作業自体、歴史を歴史哲学という虚偽から解放する試みです。だから今度の本では、マルクス主義の検死ということが重要な主題のひとつになっているわけです。古代以来、西ヨーロッパの歴史は一連のスキャンダルの歴史であり、マルクス主義はヨーロッパが世界に輸出したその最大のスキャンダルだった。これが私の検死報告のポイントです。

【歴史を考えるということ】

【関】冷戦期にはソ連のマルクス主義やアメリカの近代化論といった経済主義的な歴史観が蔓延りました。これらは、歴史の理解を歪める党派的プロパガンダにすぎません。そこでごくささやかな提案をしておきたい。歴史を理解するためには、まず社会が成立する基本的な条件を理解することが必要です。社会の歴史的な変化が起きるのは、その成立の条件そのものが変動したときです。そうした変動の要因として四つのことが考えられます。

 ひとつは人口と資源の生態学的均衡という問題です。これにさらに技術が加わります。例えば人間が火を使用するようになれば、それまで食べられなかった動植物が食料になる。そういう形で、人口・資源および技術という変数がある。これが第一の要因。だからこの本で私はフランス革命を人口ー資源のバランスという生態学的要因によって説明しています。過剰人口の問題を産業革命という技術革新で解決できなかったことが革命を勃発させたのです。ただし技術革新が魔法のように生態学的な危機を解決するというテクノロジー・カルトは問題外です。アメリカが科学技術大国になれたのは、安くて豊富な原油のおかげでした。生態学的要因の中でもエネルギーの問題は決定的です。エネルギーの問題ほど社会の変動を左右するものはありません。はっきり言って私の視角はエネルギー決定論です。

 第二の要因は、先ほども申し上げた風土という問題です。社会が成立する基盤には地理的、自然的条件があります。風土が生活様式を生み出し、そこから文化・習俗が形成される。これはあたりまえのことですね。例えばアラビアの砂漠で日本の神道のようなものが生まれるわけはありませんね(笑)。 風土というと古めかしい議論と思われるかもしれませんが、社会は常に風土の産物です。近代化工業化が進めば、いずれアフリカもロシアも違いがなくなるみたいな議論がかつてありましたが、これは妄想にすぎない。いまでも風土は社会の在り方に決定的な役割を果たしています。たとえば日本と中国の違いを島国と大陸ということを抜きにして理解できるでしょうか。そして日本人は阪神と東北の大震災で改めて日本特有の風土というものを痛感したはずです。

 三つ目の要因が、前に言ったミメーシスの問題です。孤立した未開社会はありえても、孤立し自足した文明はない。必ず文明の相互作用があり、文明の成果の模倣による伝播ということがある。だから歴史にはオリジナルな起点などなくてコピーの連鎖だけがある。そしてこのミメーシスの過程においてこそ、ある文明の個性、特性がはっきりと現れるということです。だから文明は学習の成果であり、他者への応答をとおしてその独自な個性を生みだします。文明の本能的で自足したオリジナルな核があって、それが他の文明の成果を取り込んで膨らんでいくなどということはありません。

 四つ目は、これも前に言った人間社会のジレンマです。人間は集団形成の本能を欠いているのに社会的な協力が不可欠というジレンマを抱えている。それを文化と政治によって解決するしかない。しかもその解決は絶えず修正され、一時的な暫定的なものでしかない。ですから古代から現在までに存在したさまざまな政治体制は、まずそれがいかにこのジレンマに対処したのかという視点から理解される必要があります。このジレンマに対処するために古代エジプト以来さまざまな政治文化が形成されました。ですから歴史家にとっては政治とは何よりも政治文化のことです。そこからさまざまな制度が生まれてくる。たとえば人々の法の尊厳についての意識や感情なしには裁判は成立しません。政治文化なしには制度もまともに機能しないのです。

 誤解しないでいただきたいのですが、以上の四つの要因はそれで歴史がすべて説明できるといったものではありません。ただこれらの要因を無視ないし軽視すると欠陥のある歴史記述になる恐れがあると言いたいだけです。20世紀にはイデオロギーに汚染された大風呂敷の歴史の大理論がまかり通りました。これに対し私は、歴史を理解するのに役立つ地味で堅実な生態学に基づいた視角を提起したいということです。

 ついでの話ですが、日本人は概して礼儀正しく他人に配慮するということで世界的に定評がありますね。東日本大震災では三陸の現地で略奪などの無秩序状態が見られなかったことも世界を驚かせました。これも今言ったジレンマの問題に関係していると思うのです。日本人がこのジレンマにどう対処しているかということですね。

 人間社会にとってもっとも重要なことは、社会の安定と持続です。発展はその次の問題です。そして大方の文明では、制度宗教の戒律が社会の安定と持続を保障してきました。ヨーロッパではキリスト教、中国では儒教、インドではヒンドゥー教、中東ではイスラムがそうした役割を果たしてきました。この種の文明では、制度宗教の忠実な信徒でありさえすれば、それで社会の安定と持続は自動的に保障されることになっていた。だから個々人が社会の安定と持続ということに日常的に心を煩わす必要はありませんでした。もちろん今の欧米では教会と聖書の権威は著しく形骸化しています。しかしキリスト教文明という枠組みは無意識にしっかり残っている。個々人は社会の安定と持続ということにそんなに心を煩わす必要はないという気風は残っている。だから日本人からみると欧米人は周囲に気配りが足りない、自分勝手な人種にみえることがある。儒教の中国人にも似たようなことが言えるでしょう。

 ところが日本は制度宗教なしに高度な文明国になった例外的な国です。制度宗教が社会の安定と持続を保障するということがなかった。だから日本人は毎日の他人との接触や交渉の中で社会秩序を絶えず再創造するという独自の習慣を身に着けました。この習慣が社会の安定と持続を保障することになった。日本人の気配りや「和をもって貴しとなす」という気風には、そういう意味があります。この社会秩序の日常的な再創造ということから、日本語では敬語が複雑精妙に発達しました。敬語は身分制社会の残滓などではありません。また日本の社会は同調圧力が強くて排他的だと批判されることがありますが、これも日本では周囲に対する配慮を欠いた身勝手な振る舞いは、社会の安定と存続を脅かす問題とみなされるからです。しかし日頃そのように心がけているから、東日本大震災みたいな非常事態が起きたときには日本という国は強いですね。あれほどの極限状態に投げ込まれても、安定し持続する社会秩序を庶民が自発的に作り出すんですよ。それが日本の強みだと思います。その分だけ日本はいろいろと気配りが要求される社会でもあるけど(笑)

貨幣・皇室・ベーシック・インカム

【Q】関さんの著作『グローバリズムの終焉』(農文協、2014年)の中で、「政府通貨」の問題を論じていましたが、日本では憲法第1条の「国民統合の象徴」という原則に即して、皇室通貨として発行するのが望ましいと書かれていました(p.156)。今回の本でも、政府通貨の発行と信認に関しては国民が納得できる権威への信頼が必要で、それには、例えば「皇室券」の発行といったアイディアを出されています。読者のなかには、そこに違和感をもつ人たちがいるのではないか思うのですが、関さんはどんなイメージで皇室券というものをお考えなのでしょうか。

【関】政府通貨の発行にはさまざまな方式が考えられます。そして私は、政府通貨は皇室券としてだけ発行が可能だと主張しているのではありません。私の意図は、皇室を通貨の価値を保証する存在にすることで皇室が日本人にとってもつ意味を明確にすることにあります。その前に、なぜ銀行券を廃止して政府通貨を発行することが現代の課題なのか、簡単に説明しておきます。

 国家の土台は通貨発行権です。そして近代社会は何よりもおカネの流れ、マネーフローとして組織されています。ところが現代の国家は通貨発行権を私企業の銀行(中央銀行は私企業です)に譲渡した国家です。ですからマネーフローは銀行の、銀行による、銀行のためのフローになっていて、それが社会を組織しています。こうして銀行が国家の真の主権者になっています。憲法とか議会制国家といったものは、この事実を分からないようにするハリボテのフィクションにすぎません。そして現代のハルマゲドン的な経済危機は、この宇宙の支配者である銀行が、暴走した挙句破産したことに起因しています。だからこの危機を打開できる唯一の策は、通貨改革です。国家が通貨発行権を銀行から取り戻し、国民の、国民による、国民のための通貨を発行することです。

 しかし議会制国家の枠内で政権党が通貨を発行したら、これは政府通貨ではなく党派通貨になってしまう。ナチ・ドイツがまさにそういう例でした。ナチ・ドイツは一種の政府通貨を発行して増税なしにアウトバーンを建設したりしたのですが、結局戦争に備えた軍拡のためにそれを悪用することになってしまった。今の中国の元も一種の党派通貨といえますね。特定の党派が権力維持のために恣意的に発行する通貨は、国家と社会を破壊します。ですから議会制国家が政府通貨を発行することは原理的に不可能なのです。そもそも議会とは何でしょうか。近代国家は通貨発行権を銀行に譲渡してしまったので、国家維持のためには別途徴税が必要になる。そして議会は税金の使い方を審議するためにある。議会制国家は、このように銀行経済および租税制度とはじめから一体のものなのです。

グローバリズムの終焉

 だから通貨発行権はこういう党派争いを超越した権威に委託されねばならない。そして皇室は昔から権力行使には関与せずに日本人がひとつのネーションであることを保証してきた権威でした。現行憲法が天皇を「国民統合の象徴」としていることも理想的です。通貨はまさに日本人を国民として統合しているものだからです。

 そして皇室の役割がその古来の歴史を踏まえてナショナルな通貨の価値を保証することにあるとされれば、戦後の日本人に天皇という存在がもつ意味が改めて明確になると思うのです。戦後は天皇は国民統合を象徴する存在になりましたが、この象徴天皇が何を意味するのかは実は不明なままでした。日本人はこの大事な問いを等閑にしました。その結果、戦後日本は皇室に戦前の残骸という役割を押し付けてきた。今上天皇には国会の開会を宣言したり、認証官を承認する儀式とか戦前と同じことを空疎な形骸化したかたちでやっていただいている。そのために高齢でそうした激務が限界になった天皇が国民に譲位の可能性と問いかけると言う事態に至りました。戦後の日本人は皇室に対しては申し訳ないことをしてきたと思っています。

 それが皇室の主な役割は皇室券の発行ということになれば、天皇の仕事の内容は根本から見直せるでしょう。そして皇室が京都に帰還することも可能になると思います。ただし、皇室券は建前で実際は特定の党派が発行権を握るといった明治の薩長藩閥政治みたいなことになったらどうしようもない。私のいう皇室券は、皇室直属の国家信用局が経済統計のデータに基づいて国民経済に随時適切な量の通貨を供給するということです。利子付きの負債証書である銀行券ではなく、円滑な経済循環を促進するための通貨です。とにかく議会制の下での党派通貨だけはやってはなりません。(最近、私は政府通貨ではなく「国民通貨」という言葉を使うようにしています。講演の際の会場からの質問で、政府通貨ときくと政府がある日号令を出して自分の預金や保険契約などがパーになるというイメージをもつ人がかなりいることが分かったからです。実際には銀行券と国民通貨が共に流通する移行期間があるとみるべきでしょう。そして国家信用局が発行する通貨は「国民通貨」と呼ぶ方が適切です――関追記)

【Q】そこが、関さんが近年論じておられるベーシック・インカムと異なるところですね。

【関】ただし政府通貨をどうしたら超党派的かつ民主的に発行できるかという問題を解決しないかぎり、ベーシック・インカムは実現できません。税金を財源とするかぎりベーシック・インカムは不可能です。最近はベーシック・インカムという言葉は現代の常識になってきました。デフレ打開にはこれしかないのですから当然です。だがその分だけ議論はどんどんおかしな方向に発展しています。そのひとつが、社会保障を切り捨てる福祉合理化策としてのベーシック・インカムです。財政難の国家としては、ベーシック・インカムと引き換えに社会保障を全廃にできれば大助かりです。昨年スイスでベーシック・インカムを憲法条項にするという発議が国民投票にかけられて大差で否決されましたが、社会保障を廃止して浮かせた予算でやるというものでした。大差の否決は当然です。今フィンランドが検討している案も福祉合理化が狙いです。もうひとつは、シリコンバレーで流行している議論で、今後産業は徹底的にロボット化されるから仕事がない大衆はベーシック・インカムで飼い殺しにしておけというものです。

 だがこういう議論は結局財源の問題で行き詰る。租税国家には全国民にベーシック・インカムを支給できるほどの巨額の税収はない。このことは、ベーシック・インカムは本来包括的な通貨改革の一環として実施される必要があることを示しています。銀行ではなく国家が通貨を発行するなら財源という問題はなくなります。ですから「貨幣とは何か」、貨幣は何のために存在し、どんな役割を果たしているのかということについての考察が必要なのです。

 この本で私は貨幣の起源を古代メソポタミアに遡って説明していますが、その中で貨幣は公的な制度であり国家の定礎として出現したことを明らかにしています。国家は分業のうえに成立しており、貨幣はまず国家が富を分配する手段として生まれたのです。商業の手段としての貨幣は、それに後で追加された二次的なものです。言い換えれば、貨幣の歴史的な役割を検証してみると、財政が金融に優先しているのです。

 ところが近代経済においては、商業の手段としての貨幣が至高の存在になる。財政と金融の地位が逆転するという倒錯が生じています。資本主義を批判したマルクスさえこの逆転を自明の理として受け入れている。だから市場と商業を抹殺すれば人民は資本主義から解放されるなどというおかしな主張になったのです。そして国家が銀行から通貨発行権を取り戻し政府通貨でベーシック・インカムを支給することは、この倒錯を是正し、貨幣を富の分配のための財政的手段というその本来の役割に復帰させることを意味しています。

(第3回目に続く)