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マンガこそ読書だ!!

第10回『所得倍増伝説 疾風の勇人』(大和田秀樹・講談社)

2016年12月15日

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 時は終戦からわずか二年後の1947(昭和22)年。まだ東京のいたるところにヤミ市があった時代、大蔵省次官の池田勇人の前に元総理大臣・吉田茂が現れる。

 いつ終わるとも知れぬGHQ占領下、日本の独立を目指すという吉田の言葉に共鳴した池田の、怒涛の政治人生が始まる…!

  …というわけで、戦後の日本を舞台に、実在の政治家たちをモデルに描かれたのが本作である。

 戦後の政界を舞台にしたマンガ、というと、なんだか重厚で難しい用語が並ぶイメージがあるかもしれない。が、本作はエンタメ作品として、ぐいぐい読まされ、とにかくめっぽう面白いのだ。その面白さにはいくつか理由がある。まず、実在の政治家を、作者独自の解釈で大胆にキャラクター化していることだ。

 主人公は、「所得倍増」を掲げて戦後日本の経済成長を導いた政治家・池田勇人(はやと)。本作の中で彼は、眼光鋭く、お国言葉の広島弁で啖呵を切る、迫力ある喧嘩っぱやい男として登場する。特筆すべきはそのルックスで、周囲を圧倒する気迫をたたえつつも、細面でスマートに、つまりいわゆる「シュッとしたイケメン」に描かれているのだ。

 いや、池田だけではない。実際もかっこよかったと評判の白洲次郎は当然としても、佐藤栄作や田中角栄も、それぞれいかにもマンガのキャラクターらしく、かっこいい男前に描かれているのだ。実際には目が大きく「政界の團十郎」とあだ名されたという佐藤は、作中ではむしろ目の細い二枚目として描かれ、田中はヒゲがダンディーな「ちょい悪」的な造形だ。「あー、うー」という口癖が有名だった大平正芳は、池田に振り回される親しみやすい常識人としてあどけなさを感じるかわいらしいルックスで描かれる。

 個人的には、若き日の宮澤喜一が(耳や額、目の周りにご本人の特徴を残しつつも)クールビューティー男子として描かれている点に意表を突かれた。が、英語に堪能で、温厚に見えて毒舌、エリートでプライドが高かった、という本人イメージにはある意味ぴったりなルックスでもある。

 歴史上の人物を題材にした物語では、多かれ少なかれ、人物の描き方は語り手の「解釈」が入るものだが、本作ではどうも、本人の実際の容貌に似せるというよりは、作者による人物の「解釈」を、ルックスにダイレクトに反映させ、マンガ的「キャラクター」化しているようなのだ。この手法は本作のわかりやすさ、エンタメ化に強く貢献・影響している。

 そして、政治という大人の世界を舞台とし、青年誌の『モーニング』に連載されてはいるが、これは「大人向けとして描かれた少年マンガ」作品だ、と一読して感じた。

 というのも、池田はヤミ市に殴り込みさながらに強制捜査に乗り込んだり、堅気とは思えぬ啖呵を切り、大酒飲みで、盟友の佐藤ともやたら殴り合う…と、道具立ては完全に大人の世界の話ではあるが、どれも描写としては、不思議と生理的嫌悪を引き起こすような生々しさはない。暴力描写も少年マンガ的な様式で描かれているので、いい意味での現実と距離のある絵空事(=現実をモデルにしつつも、デフォルメされたフィクション)として、爽快に読めるのだ。

 さらに、大人マンガに欠かせぬはずの「性」のこともほとんど出てこず、読者サービスと思われるキレイどころの女性記者も、色っぽいというよりは、なぜか少女のようなかわいらしさ。

 なにより、物語のスタート時には48歳の(そして、どんどん年齢を重ねていく)はずの池田勇人がめちゃくちゃ若々しく、青年にしか見えない姿で描かれている。

 つまり本作では、主要人物たちの大人としての複雑なドロドロした個人的欲望の部分は著者流に取捨選択して後方に退け、焼け跡から復興してゆく日本という国自体がいわば青春期であることになぞらえたかのように、主要キャラの見た目は実際より若く性格を誇張しつつ美形に描かれ、「日本の独立と復興」という大きな理想でもある悲願を掲げた主人公たちが、占領国たるアメリカ、GHQ、政敵、ときに世の中と「戦う」、という少年マンガ的な構図に仕立てているのである。この「大人向けとして描かれた少年マンガ」であることも、本作の面白さの要素だろう。

  …というような己の解釈を最近、周囲の人に熱く語っていたのだが、なななんともうすでに、作者の大和田秀樹氏ご本人が、自らインタビューで本作の構造について

「〝おっさん向け〟の少年漫画」

である、と話されていたのだった。

 このインタビューを読んで、なにも私が暑苦しく「疾風の勇人」は「大人向けの少年マンガ」だ!と根拠を列挙せずとも、「作者自らおっしゃっているように、大人向けの少年マンガなんですよね」と言えば一行で済むところを熱弁をふるっていた自分にずっこけた次第である。

 だが気を取り直してさらに語らせていただければ、本作を読んだときに私自身が感じた(インタビュー記事のタイトルにもなっている)もう一つの疑問、

「なぜ池田勇人が主人公なのか?」「知名度が高く、最近次々と関連書籍も出て再評価が高まっている田中角栄の方がとっつきやすいのでは?」

という点も、作者が「大人向けの少年マンガ」を描こうとしたと考えれば得心が行く。

 インタビューでも作者の大和田氏が、田中角栄は実は感情移入が難しく、池田勇人の人生の方がより少年漫画っぽいと思ったということを語っておられるが、たしかに高等小学校・専門学校卒という学歴からたたきあげで総理となり「人たらし」と呼ばれた田中角栄は、どちらかといえば清濁併せ呑む「大人力」で人を動かした人であり、総理の座から一転、金権批判を浴びて辞任、その後も隠然たる権力を持ち続けた点も含め、角栄を描くなら人間のドロドロした部分も描く「青年マンガ」的アプローチがしっくりくると思われる。

 それに比して、池田勇人という人は、作中でも「ウソがつけぬ」「馬鹿がつくぐらい正直」な男と言われているが、かなり一本気な人だったようだ。もちろん政治家である以上、完全に直情型ということもないだろうが、実際の池田も、故郷(広島県竹原)を愛する一方で、出身地だからと言って優遇はしなかったという、愚直ともいえる人柄だったようだ。

 その正直さゆえか、ときに誤解をまねく発言が大問題になったりもするものの、政治という世界を舞台に、己の理想に向かって一直線に突き進む、という意味では、まさに、「大人向けの少年マンガ」にふさわしい人物像ではないか。

 また一見恵まれたエリートに見える池田だが、実は若いころ難病によって辛酸をなめ、絶望の底に何年も沈み、奇跡的な回復を経て表舞台に返り咲いた、という(軽薄な言い方を許してもらえれば)ドラマチックで壮絶な過去の持ち主でもある。挫折からの生還によって後年の、少々のことにはめげぬ骨太な不屈のメンタルを身に着けたと思われる点もまた、マンガ作品の主人公としての説得力を感じさせる。

 もちろん、先の見えない混迷の時代に、「国民の人心を一新するためには経済政策しかない」という信念のもと「国民所得倍増計画」を打ち出すことになる池田勇人は、決して気合だけで動くわけではなく、税務署長として培った卓越した能力で、大幅な緊縮策「ドッジ・ライン」で知られたGHQの経済顧問・ドッジにも細かい具体的な試案を粘り強く提案することで自らの意見を通していく。つまり熱い心と冷静で優秀な頭脳をあわせもった人物として描かれているわけだが、資料の金額的なごまかしを驚異のスピードで見抜く描写など、本来は地味なはずの行為もまるで必殺技のような描き方で、「なんだか知らんがすごい男だ…!」と読んでいて気分が盛り上がる演出なのである。

 さらに、本作での池田勇人は税務のプロとして描かれており、「数字の鬼」とも呼ばれるが、徹底的に数字にこだわるその姿勢は、読んでいてときに、池田にとって経済は、日本を立て直す、という「目的のための手段」を超えた対象なのでは?と思える瞬間があるのだ。つまり「税や経済自体を愛し(過ぎ)ている」人というか、ある意味で「経済オタク」「数字オタク」のようにも見えてくるのだ。これは、実際の本人にもあった資質らしく、「数字に強い反面、何でも数字に置き換える癖があり、美術品の価値や演説の効果まで数値化して説明し、周囲をうんざりさせることもあ」ったという(※)。私の勝手な憶測だが、この「つい何事も、特化した自分の得意分野に引き付け(過ぎ)てしまう」という池田の(経済)オタク的ともいえる気質は、有名アニメーションを下敷きとしたギャグ作品『機動戦士ガンダムさん』などを描いていて、オタク的資質に親和性の高い著者の大和田氏の感性ともバッチリと共鳴しあったのではないだろうか。

 大和田流にかなり味付けされてはいるが、こう描かれてみれば、少年マンガ的に戦後政界を描くとき、池田は主人公としてこの上なくふさわしい「キャラ」に思えてくるのである(勇人と書いて「はやと」という名前も、こうしてみるとなかなか少年マンガっぽいではないか)。

 それにしても、混迷の時代に本気で国の行く末を憂いた政治家たちは、おそらく実際にも「キャラが濃かった」ことは間違いないだろう。だが、こんなふうに描くことで、戦後政界がみごとなエンタメ作品になるとは、驚きである。本作2巻の帯にあるように、まさに「戦後はもはや歴史!」「政治家だってキャラクター!」という思い切った斬り込み方である。

 読者の我々は、理性的に、実際の政治家としての功罪、評価を知っていくことが大事なのは言うまでもないが、史実に基づきながらもキャラクターは大胆にアレンジし、けれん味たっぷりに描いた本作は、知っているようで知らない戦後日本の歴史について関心を持つための強力な磁石として作用するのではないだろうか。

ぜひ手に取って、「こういう描き方があったか!」という驚きを体感してみてほしい一作なのだ。

※(『池上彰が読み解く! 戦後ニッポン総理の決断 1945-いま』(池上彰著、小学館、2015年、46頁)