[ 特別記事 ]

カエサルの食卓――古代ローマ料理再現

第1回 皇帝と粗食

2017年4月2日

 ラフ1

 午後六時の教会の鐘の音に誘われて、我が家のキッチンに立つ。そろそろ自家製のパンチェッタの食べごろだし、ローマの友人ゆずりの「サルサ・ディ・ポモドーロ・フレスコ」の作りおきもあったっけ。2000年代の初頭、歴史研究のためイタリアに渡った私の冷蔵庫にはかの国の食材が多い。イタリア留学中、自由気ままに五感を満たしてしまった結果、私は歴史よりも歴史的料理の方が好きになってしまった。

 イタリアの歴史は古く、記録を残すのが好きな国民性だから、古代から近代まで多くの料理文献が残されている。それを再現する楽しみは、古の人々の食卓にお邪魔する楽しさだ。歴史的料理を作っていると、もちろんそれぞれの時代に特徴的な食材もあるのだが、どの時代にも重要な役割を果たす食材もあることに気づく。例えば、もきゅもきゅとした食感の塩辛い羊のチーズ、今で言うところのペコリーノ・ロマーノだ。東京であれば今やスーパーでも手に入るし、熟成されたパルミジャーノ・レッジャーノより値段が安いが、馬鹿にしてはいけない。このチーズこそがローマっ子の誇る、まごうことなき古代ローマの遺産なのである。

 古代ローマの食事――といえば、あなたは何を思いうかべるだろうか。ゆったりとしたトーガを身にまとい、横臥して晩餐を楽しむ貴族たち。さらには傍らに佇む美しい少年奴隷。食事と嘔吐を繰り返す客に、次々と運ばれてくる古今東西の食材と意匠をこらした料理の数々。運ばれた豚の丸焼きを切るとハトが飛び出し、詩人、楽人、大道芸人が場を盛り上げ、夜更けまで繰り広げられる豪華絢爛の宴。

「……贅沢が高じて新規に象を食べてみようということになった。角のように伸びた鼻を味わってみようというのである。私に言わせれば、そういうことになった理由は、象牙を食べるのと少しばかり似ているからということであった……」古代の博物学者プリニウスもこんな証言をしているという具合なのだから、たしかに古代ローマの贅沢のスケールは桁外れである。

 とはいえ、古代ローマの誰も彼もが贅沢な食事に執着していたかというと、そういうわけではないのだ。

 「……食事は、これについては省かないでおこう、ほんのわずかしか摂らずほとんどありふれた食品ばかりであった。粗末なパンと雑魚と手作りの牛乳チーズ、二度なりの青いいちじくを特に好んで食べた……」

 どこの聖者かと思われる粗食であるが、これはスエトニウスの『ローマ皇帝伝』に書かれている初代ローマ皇帝アウグストゥス、かのオクタヴィアヌスの食事である。しかも彼はこの食事すら省くこともあり、お酒も日中には飲まず、「酒の代わりに冷水を湿らせたパンか、一本のきゅうりか、若いレタスの葉か、あるいは新鮮でも古くてもともかく果汁のすっぱい林檎を食べた」とか。また、かのユリウス・カエサルも、「じっさい彼は食べ物に関して至極淡白であった」と書かれているとなると、古代ローマ帝国の礎となった英雄二人の食への執着のなさには共通の価値観が隠れているようだ。

 もとも都市国家だったローマには、戦って領土を広げてきた歴史がある。戦士にとって健康はなにより重要で、医術と食は結びついており、栄養は身体を動かすための動力源だった。そのために様々な技術が生み出される。たとえばガリアを攻めていたカエサルの時代、従来、長期保存が難しかったチーズを、塩を多めに入れた羊の凝乳を圧搾するための道具が発明され、貴重なたんぱく質の携帯が年を通じて可能となり、ローマ軍の活躍に一役買った(これこそがペコリーノ・ロマーノである)。

 食べるのが目的なのではなく、目的のために食べる。カエサルやオクタヴィアヌスの偉業も、消化に不要なエネルギーを使わないことに慣れ親しんだ結果なのかもしれない。

 粗食こそエリートの嗜み。本日は、皇帝たちの「粗食」をご紹介しよう。「粗食」だからといって、美味でないとは限らない。皆さまもぜひ、ご賞味あれ。

  オクタヴィアヌス風軽食のレシピ

*表記の材料は約4人分です。

●きゅうりとオクシポルム

「オクシポルム」は消化をよくするためのクミン入りのペーストのこと(アピキウスのレシピより)

材料 

きゅうり2本
クミン 大さじ1
しょうが 1かけ
乾燥デーツ 1個
はちみつ 60g
胡椒 適量
ガルム 適量

 きゅうりは皮をむき、四等分に切って、さらに一口大にする。

 クミンは予め炒って香りを出しておく。しょうがと乾燥デーツははみじん切りにしておく。クミン、しょうが、乾燥デーツ、胡椒を乳鉢(なければすり鉢)で合わせ、すりつぶす。なじんできたら、はちみつを加えペーストにする。好みでガルムを少量入れて塩味をつける。

 きゅうりとあえていただく。

IMG_4945(Web用)

きゅうりとオクシポルム

 

●レタスとイポテユリマ

「イポテュリマ」は古代ローマのソースの一種。チーズ入りのものは、野菜に添えられたとか(アピキウスのレシピより)

材料

レタス 1個
はちみつ
はちみつ酢
オリーブオイル
ガルム
煮詰ワイン 
(全て大さじ1)
乾燥デーツ 1個(みじん切り)
松の実 デーツと同量(半量のみ刻む)
「無塩のチーズ」(リコッタなど)
牛乳 1000cc
酢 30cc

 レタスは重曹小さじ1(分量外)を入れたお湯でさっとゆがき、ざるにあげ水気を切っておく。

 用意したワインは半量くらいに煮詰めておく。

 「無塩のチーズ」(リコッタ)を作る。なべに牛乳と酢をあわせ火にかける。沸騰させないように注意しながら、牛乳の塊ができ水分(乳清)と分離してきたら、ガーゼ(またはキッチンペーパー)を敷いたざるにあけ、水分をよく絞ったうえで、包んで重石をのせて水分を抜く(1時間ほど)

 デーツと刻んだ松の実を乳鉢(またはすり鉢)ですりつぶす。そこにはちみつ、はちみつ酢、オリーブオイル、ガルム、煮詰めたワインをあわせ、よくなじませる。さらに「無塩のチーズ」を適量(大さじ3程度)入れ、混ぜ合わせる。

 レタスに添えていただく。

IMG_4951(Web用)

レタスとイポテユリマ

 

古代ローマレシピ再現・オクタヴィアヌス風軽食

IMG_4932(1回目トリミング)

 (撮影:佐々木啓充)