[ 特別記事 ]

「もっとモテたい!」という切実な悩みから経済学を学ぼう

『オンラインデートで学ぶ経済学』解説

2016年7月31日

 みなさんは経済学にどのようなイメージをお持ちだろうか。

 経済学といえば「陰鬱な学問」と言われることもあり、はっきり言って嫌われ者だ。金儲けや効率性しか考えていない、あるいは、大企業や金持ちの味方などと批判されることも多い。仮に興味を持ったとしても、現代的な経済学教育を受けようとすれば一定程度の数学が必要になるため、一般の人はすぐに投げ出してしまう可能性が高い。

 実際、経済学部に進学した大学生の多くは「経済学ってこんなに数学を使うのか!」と驚き、どうにか単位を揃えて卒業すると「もう経済学を勉強しないですむ」と言って喜ぶことになる。私が大学生の頃も、まわりの学生はだいたいこんな感じであった。

 しかし最近、経済学に関する優れた教科書や啓蒙書が次々と出版されている。たとえば、評判の高い教科書としては神取道宏『ミクロ経済学の力』(日本評論社)、また啓蒙書としては伊藤秀史『ひたすら読むエコノミクス』(有斐閣)などが挙げられる。手前味噌であるが、筆者も初学者向けに、経済学の前提知識をまったく必要としない教科書『ミクロ経済学の第一歩』(有斐閣)を出版している。最近の教科書はいずれもとても丁寧に作られており、独学でもかなりのレベルまで学ぶことができる環境ができつつあるといえよう。

 そんななか、新たに有力な一冊が登場した。それが経済学の入門書にして啓蒙書の本書である。

 「オンラインデート」で学ぶ経済学

 本書『オンラインデートで学ぶ経済学』は、Paul Oyer, Everything I ever needed to know about economics I learned from online dating, Harvard Business Review Press, 2014. の全訳である。

 著者のポール・オイヤーは米スタンフォード大学のビジネススクールで教鞭を取る著名な経済学者であり、労働経済学や人事経済学を専門としている。また研究者になる前には、経営コンサルタント会社や事業会社での勤務経験もあるというユニークな経歴の持ち主だ。

 これまではおもに学術雑誌に論文を執筆していたオイヤー教授であるが、二〇一四年に一般読者向けの本を二冊出版した。一冊はMBA向けの教科書『道端の経営学』(ヴィレッジブックス)であり、もう一冊がこの『オンラインデートで学ぶ経済学』である。

 本書は、インターネットを使った交際相手とのマッチングサービスである「オンラインデート」を題材として、経済学の考え方を丁寧に解説している。しかし、多くの日本の読者は、そもそも「オンラインデート」という言葉に馴染みがないかもしれない。

「オンラインデート」と言っても、交際相手となる異性(または同性の場合もあるかもしれない)とのデートをインターネット上で行うわけではない。あくまでデートにこぎつけるまでの出会いの部分をネット上で行うだけだ。

 具体的には、まず自分の情報を入力し、さらに相手に求める条件を登録する。そして気になる相手にメッセージを送り、双方が「会ってみたい」と思ったら、実際にどこかで待ち合わせてデートをするという流れだ。

 オンラインデートは、いわゆる「出会い系サイト」とは少し違う。出会い系というと、どこか怪しげなイメージがつきまとうが、アメリカでは真剣な交際相手をインターネットで探すことが私たちの想像以上に普通のことになっている。

 またその普及を受けて、オンラインで知り合ったケースとそれ以外との比較研究なども活発に行われている。たとえばシカゴ大学のジョン・カシオポ教授が主導した調査研究によると、二〇〇五年から二〇一二年までの間にアメリカで結婚したカップルのうちの三分の一以上がSNSを含むオンライン上で出会っており、またオンラインで出会ったカップルの方が幸福度が高く、結婚も長続きしている[1]

 このようにアメリカではすでに市民権を得ているオンラインデートだが、いくつかのサイトを見てみると、「住所や電話番号などの個人情報は、信頼できる相手かどうかを確認してから伝えること」といった注意書きや「最初は昼間の時間帯に、人が多いところで会うことが望ましい」といったアドバイスが記載されている。やはり、実際にはインターネットの特性を理解した上で、うまく活用する必要がありそうだ。

 人生のパートナーに出会うために

 では、日本の若者は(いや、若者に限らないが)、どのようにして交際相手と出会っているのだろうか。

 真剣に交際する相手を見つける方法としては、たとえば学生時代の友人、職場の同僚、知人の紹介や合コンなどが日本では一般的だとされている。しかし、このような出会いの機会は、時代とともに変化しつつある。

 国立社会保障・人口問題研究所が行っている「出生動向基本調査」を見ると、「夫婦が出会ったきっかけ」については、一九九二年には三五・〇%の人が「職場や仕事」と回答しているが、二〇一〇年には二九・三%まで低下している。一方、「友人・兄弟姉妹を通じて」は同じ期間で二二・三%から二九・七%に増加、さらに、より大きい変化としては、「見合い結婚」が一五・二%から五・二%へと減少している[2]

 昔は、お節介な親戚や近所のおばさん、職場の上司や先輩が「そろそろ結婚しないのかい!?」などと世話を焼いてくれることもあった。しかし今の時代、同じ職場で働く異性に気安く声をかけたり、部下や後輩のプライベートに軽々しく言及したりするのは、「セクハラ」とみなされる可能性もあるため、慎重にならなければいけない。そのため忙しく働く社会人は、出会い不足を嘆くことになる。そこで友人に合コンを設定してもらうことなどに加え、最近は結婚相談所を利用して、結婚を前提とした交際相手と出会うケースも増えている。

 交際相手を探している若い人の多くは、できれば「自然な出会い」がしたいと考え、「お見合いよりも恋愛結婚」を望んでいる。しかし街中や仕事関係、友人の紹介で魅力的な人物に出会ったとしても、その人が独身か既婚か、結婚をするつもりがあるのかといったことを聞き出すのには時間がかかる。またその意中の人がどんな仕事をしていて、どのような趣味を持っているのか、どのような時間の使い方を好むのかといったことを知るのは、ある程度仲良くなってからだろう。このような現実を踏まえると、結婚相談所などの利用は、とても合理的な行動だ。その理由は、仲介業を活用する他の分野にも共通している。

 たとえば、私たちが家を探すときに、自分で街を歩いて賃貸物件を探すことはほとんどなく、やはり不動産屋に相談したり、インターネット上の不動産検索サイトを利用したりするだろう。アパートやマンションと「自然な出会い」をしたいと考える人はいないはずだ。私たちは、自分で直接探すことや友人に紹介されるだけでは決して出会うことができない理想の家(とは言ってもさすがに一〇〇点満点というわけではないが)を、専門家に相談したりインターネットを使ったりして見つけることになる。

 このように考えると、日本ではまだあまり浸透していないオンラインデートだが、一度それが当たり前のものとして認知されると、一般に普及するのは速いだろう。なにしろアメリカでは、すでに三分の一以上の人がインターネットを通じて人生のパートナーに出会い、結婚しているのだ。

 事例を通じて経済学を学ぶ

 本書の読者は、子持ちの独身中年男性(著者のオイヤー教授のこと)のパートナー探しを通して、経済学の基本的な考え方や、その広い応用可能性について学ぶことになる。取り上げられているキーワードも、「市場」についての抽象的な堅苦しい議論ではなく、とても実践的なものだ。さらに、交際相手と出会う新たな手段としてのオンラインデートの使い方についての知識も深まるという、おいしいおまけもついている[3]

 オイヤー教授は、経済学の啓蒙書を書くにあたって、オンラインデートを題材にしたわけだが、一般の人たちに経済学の知見をわかりやすく伝えるために身近な事例を用いるのは、これまでもよく行われていた方法である。筆者も、経済学番組「オイコノミア」(NHKのEテレで二〇一二年より放送)の講師を持ち回りで担当しているが、各回のテーマに合わせて視聴者に何をどのように説明するかを制作スタッフと一緒に検討している。これがまた難しいのだけれど。

 番組では、これまで副業や転職、友人とのネットワーク構築など様々なテーマを扱ってきたが、やはり視聴者に興味を持ってもらいやすいのは、「恋愛」や「モテ」、「家を買う」など、身近なテーマである。そして本書の「恋愛」や「結婚」というテーマは、まさに興味を引くという観点からはうってつけである。加えて、本書には経済学の前提知識を持たない読者でも楽しめる仕掛けが随所に施されており、オンラインデートの考察から得られた知見がどのように他分野に応用できるのかもわかりやすく示しているため、私たちは身近なところに経済学のアイデアを活用できる場がたくさんあることを知ることもできる。

 経済学の知識は、活発な経済活動が行われる現代社会において、いわば「ゲームのルール」のようなものである。「ゲームのルール」といえば、法律のことだと思われるかもしれないが、法律は人間が作ったものであり、国によって異なる。これに対して経済活動の背景にあるメカニズムは万国共通のものであり、応用可能性が高い。

 想像していただきたい。あなたがサッカーのルールをまったく知らずに試合に出場したら、何が起こるだろうか。ボールを手で触ってしまい、ハンドの反則を取られ、また相手チームのバックスラインの先でパスを受け取ろうとしてオフサイドの判定を受ける。それにより、何をすればいいかわからなくなってしまい、途方に暮れることになるだろう。

 そう、ゲームのルールを知らずに現場に出るというのは、とても危険なことだ。もちろんルールブックを読めば、必ず勝てるわけではない。しかし、最低限の知識がなければそもそも何をして良いかもわからないのだ。どうせ学ばないといけないのであれば、楽しくやりたいものだ。

 大学生が経済学を学び始めるとき、入口のところで困惑することが多い。これまで消費者として商品やサービスを買った経験はあっても、働いて賃金を得たり、会社の経営などについて考えたり、投資の意思決定をしたりといった経験を持つ人は少ないからだ。そのため、理論と現実との読み替えに苦労することも多い。

 これに対して、恋愛や恋愛テクニックに興味がある人は(大学生に限らず、多くの人が興味を持っているはず!)、経済学の難解な教科書を読むよりも、本書を入口にした方が経済学的な考え方とその使い方を理解しやすいだろう。また、私たちの人生において、恋愛はとても重要な関心事であるから、そのために役立つ知識を得られることは非常に有意義だろう。

 まずは本書を読んでみよう。それから、標準的な教科書を手に取った方が、結果的に短時間で経済学の基礎を理解できる可能性が高い。しかし本書を一回読んだだけで終わりにしてしまうのももったいない。この読書経験を生かすためには、表面的には違っても、実は似たようなロジックが働いている身の回りの現象を探してみることが有用だ。

 たとえば、第1章の「サーチ理論」を活用できる領域には、家探しや仕事探しがある。これらについては本書でも採り上げており、どのような点でオンラインデートの市場と似ていて、どのような点で異なるのかを解説している。

 他によく似た市場はないだろうか。たとえば子供の学校を探すにも、やはりサーチ活動が必要だ。しかし恋愛市場とは違って、「いつまでに」という期限が設けられている点は違う。四月に入学できなければ困ってしまうだろう。

 このように、どこが似ていてどこが違うのか、またその違いが私たちにとって望ましい選択をどのように変えるのかを考えることによって、現実への応用力を身につけることができれば、それで初めて本書を最大限活用したことになるだろう。

 経済学をさらに学ぶために

 本書をきっかけとして経済学に興味を持ったみなさんには、ぜひその先に広がる広大かつ豊潤な経済学の知見を味わっていただきたい。以下では、私が自信を持ってオススメする経済学の入門書や教科書を紹介しよう。

 

1.読みやすい解説書

 伊藤秀史『ひたすら読むエコノミクス』(有斐閣、二〇一二年)

 日本を代表する経済学者の一人が執筆したわかりやすい書籍である。本書は経済学の教科書ではなく、副読本として位置付けられている。図や数式を使わずに、経済学の考え方や応用の仕方を学ぶことができるという点で、最もオススメの一冊である。

 2.ミクロ経済学の基本

 安藤至大『ミクロ経済学の第一歩』(有斐閣、二〇一三年)

 人々の間で合意に基づく取引が行われると、その当事者すべてが「交換の利益」を得るというミクロ経済学の基礎から丁寧に解説し、市場における自由な取引と政府の市場介入の間の適切なバランスについて紹介している。

 3.歴史から学ぶ

 ジョン・マクミラン『市場を創る──バザールからネット取引まで』(NTT出版、二〇〇七年)

「市場」には、自然発生的に存在するというより、関係当事者が作り上げていくものという側面がある。取引のルールや手続きを明確にしなければ、円滑な取引は不可能だからだ。本書は、市場とは創られるものであるという視点から、経済活動の基本をわかりやすく紹介している。

  横山和輝『マーケット進化論──経済が解き明かす日本の歴史』(日本評論社、二〇一六年)

 市場の活用というと最近の話のように感じるかもしれないが、歴史を振り返ると、日本でも昔から市場は存在し、また進化してきた。歴史に関心がある人にとってはこれまでに得た知識を生かせるため、経済学の入口として最善である。

 4.経営やビジネスの視点から

 ノルベルト・ヘーリング、オラフ・シュトルベック『人はお金だけでは動かない──経済学で学ぶビジネスと人生』(NTT出版、二〇一二年)

 多くの人にとって、働くことは人生における重要な取り組みである。「親が大金持ち」「高額の宝くじに当たった」といった例外がなければ、普通は自ら働いて稼いだお金で生活している。経済学の知見を応用する先として、ビジネスは最もわかりやすい分野であり、ドイツのジャーナリストの手による本書は、とても読みやすい。

 最後に、一つだけクイズを出したい。

 オンラインデート・サイトとフェイスブックのどこが同じでどこが違うのか。またオンラインデート・サイトと高速道路とではどうか?

 本書を最後まで読んだ方には簡単な問題だろう。正解が知りたければ、ぜひ本書の第3章を復習していただきたい。

 読者のみなさんが本書を通じ、経済学のおもしろさと、人生のパートナーに出会うきっかけをつかんでいただければ嬉しい。

 

[1] カシオポの論文は“Marital satisfaction and break-ups differ across on-line and off-line meeting venues”というタイトルで、『米国科学アカデミー紀要』(Proceedings of the National Academy of Sciences of the United States of America)に掲載されている(http://www.pnas.org/content/110/25/10135.full.pdf)。

[2] このようなデータに関心がある方は、「出生動向基本調査」のホームページ(http://www.ipss.go.jp/site-ad/index_Japanese/shussho-index.html)をご覧いただきたい。

[3] オンラインデートの活用法については、インターネット上にも様々な記事やビデオが存在する。関心がある方は、たとえば、TEDの「エイミー・ウェブ││私がオンラインデートを攻略した方法」などをご覧いただきたい(https://www.ted.com/talks/amy_webb_how_i_hacked_online_dating?language=ja)。