[ 連載 ]

正しい新聞の読み方

第10回 「政府首脳」って誰のこと?

2016年3月3日

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 「誰が」の重要性

 記事には、一般に「5W1H」と呼ばれる要素のほとんどが盛り込まれます。「いつ、どこで、だれが、何を、なぜ、どのように」といった情報です。

 その中で意外に読み飛ばされているのが「WHO(だれが)」ではないでしょうか。

  新聞記事のWHOで重要なのは、「当事者」「取材源」という二つの要素です。当事者とは、殺人事件でいえば容疑者や被害者、目撃者などです。しかし、記事を読み解くうえでは、「当事者が誰か」と同じくらい、「誰がニュースソースなのか」も重要になります。Twitterでシェア

 記者は必ず何らかの情報源から話を聞いて原稿を書くわけですが、それが誰かということは内容の信頼性や、政治的なバイアスを判断するうえで極めて重要だからです。

  問題は、日本の新聞では情報源の匿名性がかなり高く、一定の知識を持っていなければ読者にはわからなくなっているということです。

  例えば、「政府首脳は◯日、記者団に対し〜であることを明らかにした」といった記事を見たことがあるのではないでしょうか。

  この場合の「政府首脳」は、先ほどの2要素の両方を兼ね備えています。つまり「当事者」であると同時に「情報源」でもあるわけです。

  つまり、これが「だれか」が分からなければ、情報の価値の半分くらいは得られないことになります。ただ、多くの人は「ああ、政府のエライ人が何かしゃべったんだな」と、その正体についてあまり詮索せずに読み飛ばすのではないでしょうか。

  もちろん、「政府のエライ人」でも記事の大意は理解できます。それで十分だという人もいるでしょう。しかし、これが「首相」なのか「大臣」なのか「どこかの省のトップ」なのかで、語った内容の重みや政治的ニュアンスは全く変わってきます。

 もし「政府の動きの先を読む」といった目的で新聞を読むのであれば、こういう曖昧な理解では不十分なのです。

  さて、結論から言えば「政府首脳」が誰だったのか、この記事だけからは特定できません。そもそも「一人に絞り込めないようにする」ためにこうした曖昧な表現をしているのですから、当然でしょう。

 ただし、政権によって異なるものの、7〜9割以上の確率でこれが「内閣官房長官」であると言うことはできます。実は、新聞記事にしばしば登場する「政府首脳」は、官房長官のいわば符丁なのです。Twitterでシェア

  官房長官という役職は、新聞記事ではよく「首相の女房役」などと説明されます。首相(新聞では内閣総理大臣をこう表記します)は大臣の集まりである内閣のトップ、つまり国の行政機関の頂点に立っています。それを補佐するのが「内閣官房」で、官房長官はこの組織のトップです。

  官房長官は「政府の中で首相の次に権力を持っている」と言ってもいいでしょう。実際、官房長官は「機密費」と呼ばれる、使い道の詳細を明らかにしなくてもよい予算を握るなど、非常に大きな力を持っています。まさに「政府首脳」なのです。

  ただし、「政府首脳」だけでは、厳密に言えば「首相」である可能性も排除できません。そもそも新聞は「政府首脳」の定義を対外的に明らかにしていません。万が一、報道の結果「そんな発言はけしからん!」という声が国民から沸き起こったとしても、官房長官は「誰が言ったんでしょうね」とごまかす余地があります。

  一方、読者が新聞に「これって官房長官のことですよね」と問い合わせても、「取材源については絶対にお答えできません」と言われるだけです。これが「取材源の秘匿」と呼ばれるもので、記者は逮捕されたり裁判にかけられたりしても、話を聞いた相手を明らかにしてはいけないことになっています。これが業界の「掟」であり、記者になると最初に申し渡されるルールです。

なぜ「オフレコ」で話すのか?

  さて、ではなぜ記者は「官房長官は」と書かず、「政府首脳は」と書いたのでしょうか。実際、他の記事では「官房長官は」と書いているのです。もちろん、「官房長官なんていう難しい言葉を使うと読者にはわかりにくいから言い換えよう」などという親切心からではありません。

  実は、記事中で主語が曖昧にされているときは、発言が「オフレコ」だったことを意味しています。

  オフレコとは「オフ・ザ・レコード」、つまり記者が「記録しない」という約束をする代わりに秘密や言いにくい本音を話してもらうという取材方法です。Twitterでシェア

 オフレコ取材では、記者はその場でメモをとったり、録音したりしてはいけないルールです。Twitterでシェアほとんどの場合、取材が終わってから記憶を頼りに備忘録のようなメモを作りますが、その場で話を聞きながら記録してはいけないのです。言い換えると、その人が喋ったという決定的な証拠は残さない条件で、話を聞くわけです。

  オフレコ取材では、記事を書くときに話した本人(情報源)が誰なのかを書いてはいけないルールです。ただし、主語を「政府首脳」「同社幹部」「関係者」などと、発言者が特定されない形にすれば記事にしていい、というケースもあります。Twitterでシェア

  その場合、発言者は「誰がしゃべったか数人レベルまでは絞り込めるが、完全には特定できないという状況であれば記事にされてもいい」と考えて取材に応じているのです。当然、記事に書かれた発言内容の真偽や政治性についても、それを前提に読み取るべきでしょう。

  実は、記者会見やインタビューなどを除けば、ニュースを追う記者がしている取材の半分かそれ以上がこのオフレコ取材です。

  代表的なのが、俗に「夜討ち、朝駆け」と呼ばれる取材です。これは「夜回り、朝回り」とも言い、政治家や官僚、警察官、企業幹部などの家をアポなしで訪問し、非公式に話を聞く取材方法です。

 というのも、役所や会社で「公式に」話を聞くと、ほぼ必ず秘書官や広報担当者が同席します。これでは秘密の話は聞けません。そこで、帰宅時や出勤時を待ち構えて取材するわけです。

  一方、いっさい記事にはしないという約束をする場合は「完全オフレコ」、略して「完オフ」などと言われます。この約束をして聞いた話は、たとえ主語を「首脳」などにしても記事にしてはいけません。

  さて、オフレコ取材を元にした記事などで使われる主語の言い換えには、「政府首脳」以外にどんなものがあるのでしょう。

  例えば政治記事には、ときどき「政府高官」が登場します。これは高い確率で「官房副長官」を意味します。ただし、これも政府首脳と同様、官房長官である可能性もあるので特定はできません。Twitterでシェア

 「首相周辺」は、さらに特定が困難です。ただ、首相の秘書官などを指すケースが多いようです。

  「幹部」という言葉は、組織によって意味が異なります。例えば大蔵省や厚生労働省といった中央官庁の場合は「課長以上」を指します。Twitterでシェア企業に勤めている人にとっては、課長を幹部と呼ぶことには違和感があるかもしれませんが、中央官庁では大きな権限を持つ役職です。

  一方、企業についての記事で「幹部」といえば、一般に取締役などの役員を指します。その中でも、社長など代表権を持つ人は「首脳」と書かれます。ただ、例えば社長のオフレコ発言であっても、取材源の特定を避けるためにあえて「幹部」とすることもあります。Twitterでシェア

  いずれにせよ、「首脳」「幹部」「高官」といった人々が主語になっているときは、2つのことを意識して記事を読む必要があります。

  まず、こうした人々は組織の中で決定権限を持っているということです。とくに「首脳」の発言は、どんな組織でも大きな影響力があります。

 これに対し、もし「関係者」「〜筋」が主語になっている場合は、発言にあまり重みはありません。記者が取材している以上はそれなりの事情通だと考えて間違いありませんが、決定権限は持っていない人が大半だからです。

  もう一つ重要なことは、オフレコ発言は、本人も記事になることを前提に喋っているということです。官房長官であれば、「政府首脳は〜」と書かれることを承知で、そうした発言をしているわけです。むしろ、公の場では発言できないことを、自分が言ったということが類推できる形で広めたいという思惑があると言っていいでしょう。

  記事を読み解くうえでは、こうした「誰が言っているのか」に注目する必要があるのです。

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