[ 連載 ]

マンガこそ読書だ!!

第4回『町田くんの世界』 安藤ゆき

2015年12月18日

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 最近、新たなる「少女マンガの王子様」像がまた一人、誕生した。
 町田一(はじめ)、16歳。
 「町田くんの世界」の主人公だ。

 

 この町田くん、少女マンガの主人公としては、とにかく地味である。
特に、本作の掲載誌で、キラキラした素敵男子がたくさん登場する『別冊マーガレット』誌上では、ぱっと見、あまりにも地味すぎて、地味であることでかえって目立つくらい地味なのだ。
 本作は、そんな町田くんの日常を描く、華やかではないけれど、じんわりとあたたかい気持ちになる物語だ。

 町田くんがどう地味かというと、まず見た目だ。
 特徴のない髪型に、メガネ。 
 マンガに登場するメガネ男子のメガネは、「知性」や「優等生」の記号であることが多いが、町田くんの場合はただ単に目が悪いからかけているメガネであるらしい。
 よって特に勉強が出来るわけではない。それどころか、真面目なのに成績があまりよくない。
もちろん「メガネをとったらイケメン」というわけでもない。
 運動もできないし、不器用で料理も苦手。ひとことで言えばあまりにも「ぱっとしない」人なのである。本人も「俺に得意分野なんてあるのかな」と内心思っていたりする。

  ところが、超地味メンである町田くんには、一見わかりづらいが素敵な「得意なこと」があった。
人が好きで人をよく見ていて、さりげなく助けてあげたり、心にしみる一言を投げかけたりする。
だから4人の弟妹(町田くんは5人兄妹の長男)も身重のお母さんも、町田くんが大好きだし、周囲の人たちからも好かれているのだ。

 

 本作の掲載誌である『別冊マーガレット』(略称『別マ』)は、日本の学校を舞台としたいわゆる「学園もの」で、男女の恋愛をテーマとした王道の恋愛ものの作品が掲載され、絶大な人気を博してきた少女マンガ雑誌だ。
少女の憧れである恋愛マンガの男子像を、比喩的に「王子様」と呼んだりするが、『別マ』の「王子様像」の中心は、クールでかっこいい男子である。
 2014年に催されたマーガレット&別冊マーガレット50周年 「わたしのマーガレット展」の公式図録『LOVE and…』(集英社)には、以下のような指摘がある。

 <クールでかっこいい「別マ男子」像を確立したのは、くらもちふさこである。内面描写を敢えて抑える手法により、ミステリアスな「他者」として描かれる男子は、その後の少女まんが全体に影響を与えた。>
(『LOVE and… わたしのマーガレット展公式図録』集英社 p.139)

 その後、『別マ』の王子様像はくらもちの確立したクール男子を基調に、時代によって、ときには不良男子、強引な俺様男子、そして女の子より小柄な男子…などなど、さまざまなバリエーションを展開していくのだが、ビジュアルが重要視される少女マンガにおいては、「王子様」の外見が細身のハンサムであること、イマ風に言うと「シュッとしたイケメン」であることは、長い間暗黙の必須条件だったのだ。

 そんな中、近年「俺物語!!」(〔作画〕アルコ×〔原作〕河原和音 2011年~)という作品に、推定身長2メートルといういかつくてたくましく熱い男・剛田猛男が主人公として登場し、新しくユニークな『別マ』王子様像を打ち立てた。
 少女マンガの王子様としては、破格に特徴的で目立つ猛男だが、本作の主人公・町田くんは、対照的に、とにかくとてつもなく地味である。まったく目立ちそうな特徴のない町田くんは、これまでの王子像から大きくはみ出している猛男とは逆の意味で、一見、王子要素にも、また主人公要素にさえ乏しいのではと思ってしまいかねない人物だ。

 ところで、少女マンガの価値観というのは、少年マンガや青年マンガとは違ったところがあるのでは、と常々私は感じている。もちろんさまざまな作品があるので乱暴な分け方ではあるのだが、おおざっぱに言って、少年マンガ・青年マンガでは、勝負に勝つことや何かを獲得することがテーマや大事なこととして作品内で提示されることが多い。
 それに対して少女マンガでは、恋愛であったり家族だったり友人だったり、人間関係そのものがテーマになることが多いように思うのだ。たとえ勝利を目指す競技が登場しても、少女マンガの場合、勝敗そのものというよりはむしろ、その競技を通しての「その先」が実は大事だったりすることも多い。バレエなど芸術要素のからむ競技であれば、人よりぬきんでるということ自体よりもむしろ、「自分にしか踊れないなにか」に到達することが重んじられている気がする。

 そう考えると、とびぬけたとりえがなーんにもないように見える町田くんは、「人を愛し、人から愛される」という「少女マンガでとっても大事なこと」だけに特化している男子だと言える。
 一見、めちゃくちゃ地味。
 でも、少女マンガの価値観としては、ある意味で、究極の「王子様」。
 見た目がかっこいい、スポーツができる、優等生…といった「なにかが優れている」から結果として愛を獲得する、というのではなく、ただ人が好きで、人から愛される。それが町田くんなのだ。

 

そんな町田くんだが、コミュニケーションに優れた超人なのかというと、実はちょっと独特の「ズレ」をもっている。

 クラスで孤立している美少女・猪原さんの意外な優しさを知った町田くんは、人を拒絶している彼女と関わるようになる。ナンパされそうになる猪原さんを引き戻して「彼女、僕の大切な人なんです」と言う町田くんにどぎまぎする猪原さん。だが、まるで告白のような「僕の大切な人」という言葉の真意は「大切な人だよ クラスメートだから」というあっさりしたもの。それを聞いて「あんたちょっと言い方考えた方がいーよ」と脱力する猪原さん。

 つまり、町田くんのコミュニケーションのズレとは、一般的には本当に特別な人にしか使わない言葉を、クラスメートレベルで(本人は特に意識せず)使ってしまうという「天然人たらし」なところなのだ。猪原さんからは「人類を全部 家族と思ってるんじゃないか」と評されてしまう人物なのである。このコミュニケーションのズレは猪原さんによって「町田イズム」と呼ばれ、ときにかたくなな猪原さんの心を少しずつ開かせ、ときに気弱な男子に自信をあたえ、気のいいおじいさんの心の中に町田くんをするりとすべりこませたりもする。

 作者の安藤ゆきは、2013年に出た単行本『透明人間の恋』で注目をあつめたが、思えば表題作「透明人間の恋」も、「コミュニケーションのズレ」がテーマのように思える。
 「透明人間の恋」は、身なりにかまわず目立たない女子・田辺さんがクラスのモテ男子・鈴鹿くんに告白、だが「あんた鏡みたことあんの?」とこっぴどくフラれ、あまりの暴言に鈴鹿くんの評判は急降下。しかし田辺さんの受け止め方はまわりと違っていて、さらに鈴鹿くんの一見ひどい言葉の真意も実は……という謎解きが、お話の最後になされる。
 「親切心程度でも、特別な好意があるかのごとき言葉」を発してしまう町田くんとは逆に、「相手を傷つけようとしているとしか思えない言葉」を発して誤解される鈴鹿くん。
 でも、誤解されるというマイナスな方に向かってしまうことも多い「ズレ」が、ある二人の間でだけは通じていて、むしろ、素敵な結果に結びつくこともある…作者は、そんな人間関係のマジックを、ドラマとして描くのが上手い作家なのだ。

 

勉強はできなくても人の心はとてもよくわかる町田くんだが、そんな彼は、自分にとっての「恋」がまだよくわからず、そして異性からの自分への好意にも鈍感で「自分はモテない」と思っている。
 まわりの人に分けへだてなく淡々と愛をそそいできた彼が、恋をして「特別な誰か」を意識するとき、いったいどうなるのだろうか。

 一見キラキラしていないようでも、人が好きで人の内面を見ることができるとびきり上等なハートをもった少女マンガ的な「地味な奥手王子」。そんな町田くんが主人公の本作は、平成27年度文化庁メディア芸術祭のマンガ部門で新人賞を受賞。ほんわかしつつも読み手の心をしっかりとつかむ町田くんの世界がこれからどう発展していくのか、とても楽しみなのだ。

 (川原和子)

 既刊2巻、以下続刊