[ 特別記事 ]

「災害は起きる」を前提につくること―広島県《三次市民ホールきりり》

防災の日|WEB掲載『フラジャイルコンセプト』

2018/9/1

広島県三次市にある《三次市民ホール きりり》は、2014年に建てられた公共施設です。その大きな特徴は、建物全体が地面より5m持ち上げられている点にあります。というのも、三次市の市街地は三つの川が交差する地点にあり、たびたび水害に見舞われてきたからです。設計者である青木淳さんは、東日本大震災があった2011年に行われたコンペで、災害が起こることを前提に、水害時に浮かぶ人工の小島のようなイメージで本施設を設計されたそうです。本施設をめぐる青木さんのエッセーは、忘れやすい生き物である私たちにとって、重要な気づきを与えてくれます。防災の日に合わせて、『フラジャイル・コンセプト』より転載します。

 

1 災害が起きることを織り込んで考える

   広島県三次(みよし)市の中心市街地は、中国地方の、瀬戸内海と日本海からほぼ等距離の盆地にある。江戸時代には、石見から尾道まで銀を運ぶために拓かれた街道にあって栄え、妖怪物語『稲生物怪録』の成立など、往時の文化が偲ばれる土地である。

 ただ、三本の川がここでうねりながら合流するので、昔からよく水害に見舞われた。一九七二年夏には、堤防が決壊し市街全域が冠水している。ハザードマップを調べてみれば、この市民ホールの敷地も五メートルの浸水がありえる、とあった。

 そこで、施設全体を五メートル、持ち上げて建てることを提案した。それではプロポーザルコンペの想定面積六〇〇〇平方メートルに対して、一一〇〇〇平方メートル近くになり、舞台機構を含め、坪あたり一一〇万円という低い予算に抑えなくてはならなくなるが、それでもなんとか予算内に収まると読んだからだ。

 東日本大震災の年だった。夏には紀伊半島大水害もあった。思い返せば九五年にも、阪神・路大震災があった。ぼくは、そんな被災地から帰京すると決まって、壊れ、瓦礫の山になった東京の街が、現実の東京の街に二重写しになって見えた。三次でも、申し訳ないけれど、家々が水没し、あたり一面、泥混じりの水面になってしまった荒涼たる風景のなかに、小さな島のように浮かぶ建物の姿が、二重写しになって見えて仕方がなかった。それで、水害時には漕ぎ着き、水が引くまで安心して身を寄せることができる静かに屹立する人工島として、このホールを計画しようと思った。

 敷地のまわりには、郊外大型店が増殖しつつあった。その散漫でペラペラの風景の背後に、山が穏やかに控えていた。その山の仲間としてつくるのがいいと思った。その意味でも、超然として静かに屹立する建築がいいと思った。

 災害はもしかしたら起きる、のではなく、災害は起きる。それを織り込んで建築を考えるようになっていた。

 

2 余白が公共性を担保する

全体を五メートル持ち上げることで、下にピロティの空間が生まれる。その基本的な用途は駐車場である。ただし、車で埋まるのは大公演の開催日だけで、日常的にはあいているし、また、その天井高は駐車場としての必要以上に高い。つまり、機能的にも、平面的にも、空間的にも、余っている。

 この余白を使えば、市を開くことができる。舞台で使う大道具をつくることができる。ダンスや楽器の練習ができる。あるいはただ、たむろすることができる。

 余白は、広場というのとはやや異なっている。広場には、皆が集まるための場所という含みがあるからだ。余白にはかならずしも皆が集まらなくてもいい。余白は、つまり、広場よりも広い概念で、そこに居てもいい、あるいは居ても怪しまれない、という性質を持った空間である。旅行に行くと、余白が多いほど町が魅力的なことを実感する。かならずしも真剣に絵を見るわけでもなく、美術館に入る。柔らかい光と豊かな空間と目を愉しませてくれる作品に囲まれ、そこに居ることができる。本屋は、背表紙を追ってしばらく回り歩くことができる。カフェは、少々のお金を払えば、座ってのんびりできる。表向きの機能からはみ出た余白があって、息つくことができる。余白が人を受け入れてくれる。余白が公共性を担保している、と言ってもいい。残念ながら、基本計画で諸室必要面積を組むとき、こうした余白はカウントしにくい。しかし、公共建築であれば、いや建築全般に、余白が必要だと、ぼくは思っている。

 

3 表と裏の区別がない小さな町

    空中に持ち上げられた市民ホールには、表と裏の区別がない。回廊が巡り、それに面して、ただ大小さまざまな部屋がただ軒を並べている、というつくりである。それらの部屋を、その時々の利用法に沿った組み合わせで使う。それでこの建物を「使い倒す」。そんなことを考えた。

 とはいえ、部屋ごとに、基本的な使用法はある。ルーム1から5が楽屋、スタジオ1から8が練習室で、空間の大小や仕様の違いがある。しかし、大ホール、サロンホール、ホワイエを含め、どれもが直方体の「部屋」としてつくられている。大ホールを取り巻く天井の高い大容積の空間としてつくられるのが常のホワイエも、ここでは、他から切り離し、独立した部屋として使えるようにしてつくられている。各空間を部屋としてつくることで、一つの用途に限定せず、いろいろな使い方ができる。部屋の組み合わせ次第で、市民ホール全体を何通りにも変えて使える。

 たとえば、オーケストラや合唱団が入る公演の場合は、ルームだけでなく、スタジオまで楽屋として使う。足りなければ、サロンホールも控室として使う。逆に、サロンホールを公演に使うときは、スタジオが控室になる。たいてい、スタジオ7と8が使われるだろう。でも、複数の団体が出演するときは、ルームまで控室のゾーンを増やす。付属する倉庫から椅子を出せば、自然採光のとられたその倉庫も控室になる。 回廊は、通路であると同時に「溜まり」、つまりロビーの機能も担っている。だから、面する部屋にあわせて幅が微妙に違う。そんな回廊がぐるり一周、表も裏もなく回る。いわば、道に沿って建物が並ぶ小さな町のようでもある。地方都市のこういう施設を使うのは、地元の人たちがほとんどだから、建物を使い倒すためには、町の延長としてつくるのがいいと考えたのである。出演者・主催者ゾーンを区切りたければ、回廊に結界を置けばいい。年に数回の、そんなときのために、ふだん、町のなかに大きく立ちはだかる閉まった空間をつくる必要はないと考えた。

 エネルギーをできるかぎり使わないつくりにしておかなければ、使い倒せない。それで、普通なら自然採光のない奥に置かれるトイレ、給湯室、洗濯室、シャワー室などを、もっとも明るいところに置く。小さな楽屋も自然採光にする。回廊は空調しない。中間期には窓が開けられるようにし、網戸を設ける。回廊は、面する部屋の排熱で、外よりはずっと快適な空間になる。夏期は、大ホール横のバックヤード階段を煙突効果に利用する。こうすることで、省エネになるだけでなく、仮に災害時に電源喪失しても、最低限の環境が担保される「ベーシックな建築」になる。こうした回廊は、今までのホール建築のロビーとは大いに異なる「人の居方(ルビ・いかた)」を生む。建物のなかというよりは、町角に佇むような、そんな居方が生まれる、と思う。この表と裏を設けない回廊型の平面計画は、ホール建築として、おそらく今まで実現されたことがなかった。しかし、地方都市のホール建築の一つのビルディング・タイプになっていい、と思う。

 

4 西洋音楽にも使える、神楽のためのホール

 三次は、神楽が盛んな土地柄である。神楽が、よそゆきの「芸術」ではなく、生活の一部になっている。それで、大ホールの基本的な平面形を、日本の伝統的な劇場形式にのっとって、桟敷のある四角い平面とした。

 座席数は固定席で一〇〇六席だが、日常的には、平土間六〇四席だけを使う。そういうときでも、寂しい雰囲気にならないようにするために、二階桟敷席数を減らし、三階席を増やした。村野藤吾の《日生劇場》のつくりである。

 最良の音響を得るために、永田音響の意見をよく聞いた。そのうえで、できるかぎり、客席を舞台に近づけた。実は、聴覚的に求められることと、視覚的に求められることは、驚くほどぶつかる。だから、多くの場合、音響の意見は、一部しか叶えられない。しかし、このホールでは、ほとんどすべてを受け入れた。そのうえで、日本の伝統的な出し物にも、西洋の、あるいは現代の舞台にも合うような空間にした。

 仕込み時の照明用電気使用量も馬鹿にならない。それで、客席にハイサイドライトを設けた。そのおかげで、ホール天井裏にも自然採光されることになり、通常暗く危険なシーリングスポット室周辺も明るい空間になった。

 この施設の部屋はどこも、軀体のコンクリートに必要に応じて仕上げを足す、というつくりでできている。ハレの場である大ホールも、それは変わらない。

 

5 ナカミとウツワの動的状態

 人びとの生活というナカミがあって、その生活を支える空間というウツワがある。ナカミがあるからウツワが決まるとも言えるし、ウツワがあるからナカミが形を持てるとも言える。どちらが先かは、鶏と卵の関係と同じことである。

 大災害が起きると、ウツワが壊れて、ナカミが裸になる。それでもう一度、ウツワをつくる必要が出てきて、改めてナカミを見つめることになる。今までのウツワのままで本当に良いのか。いや、そもそもどんなナカミをしているのか。関東大震災を契機にそのことを切実な思いで考えたのが、たぶん、今和次郎の考現学だろう。本来は、大災害後だけでなく、つねに、そういう反省が必要だ。その反省を受けて、カタチをつくりかえる。そのカタチに合ったナカミを考える。そんな動的状態にあるのが、まともな社会や建築のあり方だと思う。

 その動きが今、膠着している。ニーズという言葉を聞くのが増えたことで、それがわかる。ニーズがあってそれに応えるサービスがある。それはその通りのことだが、そういう言い方をするとき、ついつい、カタチがあることでナカミが生まれる、というその逆の方向も必要なことを忘れられている。

 公共建築を設計するときに行なわれる市民ワークショップは、ナカミとカタチの関係を揺り動かし、その間の生き生きとした関係を取り戻す絶好の機会である。ところが、往々にして、既得権益層しか参加してくれない。あるいは、物言わぬ多数派を掘り起こす努力を怠る。それで、ニーズを受けとるだけの場になってしまう。そもそも、今までのナカミとカタチの蝶番を一度外し、つなぎ改めるには、時間がかかる。基本設計をはじめる前に、そのために一年くらいは必要ではないだろうか。

 虚栄を張るためのホールではなく、日常の延長線上にあるホール。ただし、いつもよりちょっとだけ背筋を伸ばして、背伸びする場所。《三次市民ホール》で、ぼくたち、カタチ側から投げたのは、そんなホール像だった。そのボールで、ナカミ側と、もっといっぱい投げ合いたかった、というのが本当のところである。それでも、ある程度の達成はあると思う。ブログをつくって、意見のやりとりを公の場で行った。ワークショップも、もちろんあった。でも、ワークショップに、神楽の関係者は一人も参加してくれなかったので、神楽ができるホール、というのは、設計者からの一方的な目標にとどまっていて、本当に神楽で使ってくれるのかどうか、実は心配だった。

 午前中の落成式に続いて、昼から「三次市合併一〇周年記念式典」が開かれた。一階の「余白」には、市内各地からの出店が縁日のようには並んだ。ホールでは、「三次太鼓」にはじまり、市内の六つの神楽団が次々に登場し、夜まで賑わった。ホッとした。

(『フラジャイル・コンセプト』より)


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目次
第1部 表現でないこと
第2部 東日本大震災
第3部 具象と抽象を行き来しながら
第4部 日常の風景 
第5部 建築を見ながら、考えたこと―『新建築』2015年月評
第6部 建築をバラバラなモノとコトに向かって開くこと