[ 特別記事 ]

ダイバーシティ研修は逆効果―〈行動デザイン〉でジェンダー格差を克服する

WEB掲載『WORK DESIGN』解説

2018/7/27

女性活躍はなぜ進まないのか

 本書は、行動経済学を背景にして、デザインの力でジェンダー格差を解消するための理論と実践を示したものだ。著者は、ハーバード大学ケネディ行政大学院の行動経済学者、イリス・ボネット教授である。公共政策大学院で教えているだけあって、本書は企業実務や政策にすぐに役立つように書かれている。

 働き方改革が、日本社会で大きな注目を集めている。長時間労働が健康に悪影響を与えるということから、労働時間の抑制を目指しているのもその1つである。また、正社員と非正社員の間の格差を解消して、多くの人が柔軟な働き方ができるようにするというのもそうである。さらには、仕事と家庭を両立できるような働き方にすることも目標とされている。こうした働き方改革は、「一億総活躍社会」という政府の政策目標から派生してきている。

 安倍政権の一億総活躍社会は、「①若者も高齢者も、女性も男性も、障害や難病のある方々も、一度失敗を経験した人も、みんなが包摂され活躍できる社会。②一人ひとりが、個性と多様性を尊重され、家庭で、地域で、職場で、それぞれの希望がかない、それぞれの能力を発揮でき、それぞれが生きがいを感じることができる社会、③強い経済の実現に向けた取組を通じて得られる成長の果実によって、子育て支援や社会保障の基盤を強化し、それが更に経済を強くするという『成長と分配の好循環』を生み出していく新たな経済社会システム」を具体的なイメージとして掲げている。

 このような社会を目指す背景には、少子高齢化の問題がある。人口減少社会に入った日本が経済成長を維持するためには、生産性の向上が必要だ。生産性の向上は、働いている人一人ひとりの生産性を上げていくことと、働く人の比率を高めていくことで達成できる。それが、「一億総活躍社会」という政策目標が掲げられている理由の1つである。実際、日本では今まで雇用機会均等法をはじめ、女性が活躍できる社会にするための様々な制度改革がなされてきた。2018年4月には、働き方改革関連法案が国会提出された。この法案には、長時間労働の是正、柔軟な働き方の実現、同一労働同一賃金の確保が含まれている。

 ところが、日本の女性活躍のレベルは、国際的にはまだまだ低い。世界経済フォーラムが出している「グローバル・ジェンダー・ギャップ指数」の2017年の日本の順位は、144か国中114位(2016年は144か国中111位)である。人手不足が深刻化しているなかで、女性の活躍を進めなければ、経営に悪影響が生じる企業もでてくるだろう。

 女性の活躍が今まで進んでこなかった理由には、様々なものがある。伝統的な経済学では、女性の活躍が進まない理由として、教育、訓練、才能などの生産性の差があると考えてきた。しかし、これについては、同じような能力の人同士を比べても男女で差があるという実証研究が多い。また、労働市場で差別されるから、教育や訓練を受けても十分な見返りがないと考えて、教育や訓練を受けない女性が多いのかもしれない。もしそうなら、教育水準や訓練量の差そのものが男女差別によって生じているのではないか、ということになる。

 

経済学からの反論

 それでも、伝統的経済学からの反論はある。生産性に比べて女性の賃金が低いということであれば、男女差別をしない経営者は、女性を積極的に採用して低い賃金で高い収益を上げられるはずだ。したがって女性差別をする企業は、女性差別をしない企業に淘汰されてしまうことになる。つまり、企業間の競争を厳しくするような政策によって、女性差別をする経営者を減らすことができるのだ。

 また、男女差別が情報の不完全性から発生している可能性もある。企業にとって、どの従業員により多くの訓練を受けさせるべきかというのは重要な問題である。仕事をしながらの職業訓練(OJT)にしても職場外での職業訓練(OffJT)にしても様々な訓練費用がかかる以上、企業にとっては訓練をするためには訓練費用が回収できることが必須である。それには、訓練によって能力が高まることに加えて、その企業により長く勤務してくれることが重要な判断材料になる。しかし、個々の労働者が、どのくらいの期間その企業に勤続しそうかははっきりわからない。一方で、性別や学歴別の平均的な勤続年数がわかっているとすれば、平均的に離職率が低いグループの社員に訓練をより多くすることが合理的になる。

 こうした統計的差別によって、男女間格差が発生しているとすれば、その解決方法は、訓練費用も労働者が負担して生産性に見合った賃金を支払うということになるだろう。だが、訓練の一部は当該企業でしか活用できない技能であって、その場合の生産性の上昇が大きいということであれば、訓練費用の労働者負担も難しい。

 一方、企業特殊訓練とは無関係と考えられるような、オーケストラの演奏者や大学教授で観察される男女格差はこれでは説明できない。さらに、仕事の中には、長時間労働をすることで生産性が上がっていったり、顧客の要望に柔軟に対応したり、チームで一緒に働くために、労働時間の自由度が小さいものもある。もし女性の方が家事負担が重く、仕事のために柔軟に労働時間を変えることができないのであれば、それが可能な男性との賃金格差が発生することになる。

 それでは、柔軟な働き方がすべての職でできるようになって、企業間の競争が激しくなり、差別的な経営者がいなくなったとして、教育レベル、訓練レベルの男女差がなくなれば、男女間格差はなくなるだろうか。

 最近の行動経済学や心理学の研究結果から考えると、それでも男女間格差は簡単には縮小しないだろうと予想できる。それは、女性よりも男性の方が、競争を好み、リスクをとり、自信過剰だという平均的な特性が残るからだ。仮に、女性の方が男性よりも生産性が高かったとしても、女性は競争率の高いポストには挑戦しないし、リーダーになろうとしないし、自己評価も高くなくなってしまう。結果的には、女性は男性よりも昇進しないし、リーダーも少ないということになる。企業にとっては、より生産性が高い人たちに重要なポストに就いてもらった方が得である。

 一方、経営者も男女差別をしていないと思っていても、無意識に様々なバイアスをもっているために、知らず知らずに女性の活躍の機会を減らしているかもしれない。そうすると、女性活躍を推進していくことには、どうしても限界があるということになる。

 

無意識の思い込みを可視化する

 私たちの頭の中にある様々なバイアスが無意識のうちに行動に影響を与えているのであれば、その仕組みに応じた対策を打たないと、逆効果になってしまうかもしれない。本書で紹介されているいくつかの例はとても衝撃的だ。ステレオタイプをはねのけるように命じるというのは、私たちは学校でも職場でも行いがちだ。しかし、第2章ではそれらが逆効果の場合があると指摘する。「被験者の学生たちに、ダイバーシティ研修の動画を見せ、高齢者を不利に扱わないように求めると、かえって高齢の求職者に厳しい評価をくだす傾向が強まる」というのだ。

 自分には、バイアスがないと思っている人も多いだろう。しかし、本書に紹介されている次のストーリーを読んで、即座に状況を理解できるだろうか。

「父親と息子が交通事故に遭った。父親は死亡、息子は重症を負い、救急車で病院に搬送された。運び込まれた男の子を見た瞬間、外科医が思わず叫び声を上げた。手術なんてできない、その子は私の息子だから、と」

 この文章で頭が混乱するのは、外科医と言われただけで男性の外科医を想像してしまうからだ。外科医が女性なら自然に理解できる。

 私たちは、無意識のうちに様々な思い込みをしていて、それがかなり重要な意思決定にまで影響を与えている。本書の冒頭で著者が紹介したアメリカのオーケストラにおける演奏家の採用試験の例は印象的だ。採用試験でブラインド・オーディションが採用される前は、女性演奏家の割合が5%であったのが、採用後には35%以上になったという事実である。オーケストラの演奏という、プロにとって技術レベルがわかりやすい分野でよりよい演奏家を求めている場合でも、候補者の性別がわかる場合には、男性を採用する比率が高かったのだ。

 バイアスを除去するには、「①バイアスの影響を受ける可能性の認識、②バイアスがはたらく方向性についての理解、③バイアスに陥った場合の素早い指摘、④頻繁なフィードバックと分析とコーチングを伴う研修の実施」という4つのステップが必要だという。最初の3つがクリアされたとしても、最も難しいのは、自分が好ましいと思っていたことをバイアスだと指摘されて、もともとしたくない行動をとらなくてはならない、ということだ。企業のダイバーシティ研修の多くは、これらのことを考慮していないために予算の浪費になっているという。

 

ダイバーシティ研修は逆効果?!

 また、ダイバーシティ研修の多くに効果がないという可能性について、著者は2つのことを指摘する。第一に、「人々は多忙で疲弊しているために、自己コントロールを実践できず、多様な人たちを受け入れられる職場を築けない」という可能性である。脳の「システム2」と呼ばれる論理的な意思決定を行う部位が、認知的作業を熟考して行うことができれば、バイアスから逃れられる。しかし、「システム2」が働くには、注意力と労力が要求される。認知的な負荷がかかっている超多忙な社員に対して「システム2」に働きかけようとするダイバーシティ研修は、逆に、直感的な意思決定を行う「システム1」を発動させるきっかけになっているのかもしれない。

 著者は、「認知的作業を多く抱えている人ほど、うわべしか見ずに判断し、性差別的な言葉を使いがちだ」と指摘している。これは、知的な人たちが長時間労働をしていると思われている職場でハラスメント事件が相次いでいることを考えると、重要な指摘だ。

 もう1つ、ダイバーシティ研修が効果をもたないか悪影響を与える理由として、「免罪符効果(モラル・ライセンシング)」を指摘する。「人は好ましい行動を取ったあとに、悪い行動を取る傾向がある」のだ。もともと男女差別意識をもっていた人が、ダイバーシティ研修を受けると「免罪符」をもらったと感じて、より差別的になるという可能性だ。確かに、私たちは健康にいいことをすれば、少しぐらい健康に悪いものを食べてもいい、と思いがちだ。

 つまり、男女差別を解消するための意識向上を目的とするダイバーシティ研修はやめた方がましだということである。みずからのバイアスを知る「解凍」、組織の現在の仕組みをもとに改善策を考える「変容」、そしてそれを定着させる「再凍結」によって構成される仕組みを取り入れることが必要だという。本書は、「再凍結」の手法として、行動デザインの方法論を示す。人々の価値観を変えることは難しくても、適切なデザインを導入すれば、行動は変えられるという。

 

行動デザインの可能性

 私たちはどのような価値観をもつのも自由かもしれないが、人に迷惑をかけたり、生産性を下げたりするような行動をとることは望ましくない。男女平等政策についても同じである。職場の生産性を高めるために、ジェンダー差別を解消することが必要であっても、人々の価値観をすぐに変えることはできないかもしれない。しかし、社会規範に従いたいとか、合理的行動はこうあるべきだということを気づかせるような後押しをデザインによって行えるのであれば、即効性もある。行動経済学は、どのようなデザインをすれば効果がありそうかということを、理論的に教えてくれる。だが、そうしたデザインが実際に機能するかどうかは、細かい設定や職場の状況にも依存する。そこで、それを確かめるには、実験が必要だ。本書では、実際に効果があったデザインを紹介してくれる。

 具体的なデザインについては、本書を読んでいただきたいが、私たちが行いがちな間違いの例を紹介しておこう。イギリス企業の取締役会の女性比率を高める際に、「FTSE100構成企業の取締役に占める割合は12.5%にすぎません」という大臣の発言があった。これは、行動経済学的には逆効果である。「女性取締役が圧倒的な少数派であることを強調すれば、その状況が当たり前だというイメージが生まれる。その結果、人々がその状況を規範とみなして従うようになり、データにあらわれた現実が持続してしまう恐れがある」というのだ。

 実際、2013年の大臣の発言は「FTSE100構成企業の94%、FTSE350構成企業の3分の2以上に女性取締役がいます」というものに、著者らのアドバイスの影響で変更された。その結果かどうかは、はっきりしないが、イギリスは2015年までに目標を達成したという。行動経済学では似たような実験結果が知られている。「このルールを守っていない人が何%もいます」という注意や警告をすることは多い。しかし、これは逆効果で、「このルールを守っている人がほとんどです」というメッセージの方が効果的である。

 本書で紹介されるデザインが各章末にまとめられている。ここでもあらためてまとめておいた。こうした行動デザインは、ジェンダー平等を達成するために、すぐに役立つものだ。それだけではない。誰もが改善すべきだと思っていても解決できない職場や社会の問題にそのまま応用できることばかりである。

 本書が様々な問題の解決に役立つことを確信している。

 

本書で提示されている「ジェンダー平等のためのデザイン」一覧

→ 慣行とプロセスを変える[第2章]

● 意識向上を目指すダイバーシティ研修をやめる。

● 理性的な判断を促すために、「反対を考える」「自分の内部の集合知を活用する」といった戦略の訓練を積ませる。

● 「解凍アンフリーズ → 変容チェンジ → 再凍結リフリーズ」を実践する。

 

→交渉の機会を等しく確保する[第3章]

● 女性に発言や交渉を促す。

● 何が交渉可能かについて透明性を高める。

● 女性が他人のために交渉するよう促す。

 

→ 能力を築く[第4章]

● 女性に―そして男性にも―汎用型のリーダーシップ研修を受けさせるのをやめる。

● メンタリング、スポンサーによる支援、人的ネットワークづくりなど、成功するために必要な要素を提供し、リーダーシップの能力をはぐくむ。

● 計画立案、目標設定、フィードバックなどの行動デザインを駆使して、好ましい行動を継続するための支援をする。

 

→ 人事上の決定にデータを用いる[第5章]

● データを収集、追跡、分析して、パターンと傾向を見いだし、予測をおこなう。

● 数値計測により問題点をあぶり出し、よりよい解決策を探す。実験をおこない、どのような対策が有効かを明らかにする。

● アルゴリズムの活用を促すために、人間がアルゴリズムの判断を修正する余地をつくる。

 

→ 賢い評価プロセスを設計する[第6章]

● 1人ずつではなく、一括で採用・昇進をおこない、候補者をほかの候補者と比較して評価をくだす。

● 履歴書から人種や性別などの情報を取り除く。

● 候補者の評価は、資質を測るためのテストや構造化面接でおこなう。自由面接は避ける。

 

→ 適切な人材を引きつける[第7章]

● 求人広告などのコミュニケーションから、ジェンダーのステレオタイプに沿った表現を取り除く。

● オフィスの滞在時間ではなく、成果に基づいて給料を支払う。

● 求人に対する応募プロセスを透明にする。

 

→ リスクのある環境のバイアスを緩和する[第8章]

● リスクをともなう行動への積極性に男女で違いがあり、それが結果に影響を及ぼしている可能性があるときは、リスクのあり方を調整する。

● ステレオタイプにより個人の成果が阻害されないように、ステレオタイプが作用するきっかけになりかねない要素を取り除く。

● リスクに対する積極性の度合いに関係なく、誰もが能力を発揮できる環境をつくる。

 

→ 等しい条件で競い合えるようにする[第9章]

● ジェンダー・バイアスが弊害を生まないように、バイアスの影響を排除できるデザインを設計する。

● ジェンダー・バイアスが自分と他人に及ぼす影響を和らげる。バイアスの影響を受けた自己評価を上司に伝えない。ほかの人たちが自己評価のバイアスを修正できるように、正しい評価を伝える。

● ジェンダー・バイアスが生む格差を事後的に埋め合わせる。

 

→ ロールモデルをつくる[第10章]

● 壁に飾る肖像の多様性を高める。

● 「百聞は一見にしかず」の精神のもと、クオータ制やその他の方法により、ステレオタイプに反するリーダーや幹部の割合を増やす。

● 娘がいる男性はジェンダーの平等を重んじる傾向があると知っておく。

 

→集団的知性が花開く環境をつくる[第11章]

● さまざまな視点と専門性の持ち主が互いに補完し合えるように、突出した能力はもっていなくても多様なメンバーを集める。

● 少数派のメンバーを「トークン」(目につきやすい象徴的存在)にしないように、少数派のメンバーが「閾値」以上の人数になるようにする。

● 多様な考え方が尊重され、誰もがチームに貢献できるように、全員の主張を反映できるプロセスをつくる。全会一致ルールを設けてもいいし、ポリティカル・コレクトネス(差別や偏見を排除した言葉や表現の使用を求める考え方)のルールを定めてもいい。

 

→ 「規範起業家」になる[第12章]

● 平等促進の成功例を目立たせる。

● ランキングをうまく活用して、人や組織が互いに競い合いながらジェンダーの平等を高めるように促す。

● 法律、ルール、倫理綱領などを通じて、規範を表現する。

 

→ 行動科学的に賢明な情報開示と説明責任[第13章]

● 情報は、目につきやすく、わかりやすく、比較対象を示すようにする。

● 長期目標とあわせて、達成可能性で具体的な短期目標も設定する。

● 人と組織にルールを守らせるために説明責任を課す。


イリス・ボネット『WORK DESIGN―行動経済学でジェンダー格差を克服する』2018年7月刊行