[ 連載 ]

『AIが変えるクルマの未来』刊行によせて

第3回|誰が日本の自動車産業をつぶすのか

2017/2/24

AI、自動運転、シェア、電気自動車、クルマの未来はどう変わるのか。AIと日本の自動車産業のかかわりを、技術的側面、産業的側面のみならず、制度的側面も含めトータルにとらえ、その現状を分析する中村吉明『AIが変えるクルマの未来 自動車産業への警鐘と期待』。本書の刊行を記念して、全3回にわたるエッセイで、その内容の一部を紹介します。

 

千の質問による死

 

 ソニー社長の平井一夫氏は、業務上の決断に際し、「千の質問による死」(death by a thousand questions)からの脱却を心がけているという。「それは誰に売るのか」「コストはいくらか」と細かく質問しすぎると、「不確定要素が多すぎるのでやめよう」ということになってしまうからだ。

 その点、自動運転に関しては、アメリカの柔軟性を見習うべきではないだろうか。アメリカは訴訟社会であり、ひとたび自動運転車の事故が起こると多額の損害賠償金を支払わなければならない。そのため、その導入には二の足を踏むだろうと考えるのが通常の思考である。しかし、さにあらず。アメリカでは各州が特区のごとく自動運転の実証実験を誘致しようと規制緩和競争をしている。

 一方、日本はどうだろうか。事故の責任論ばかりがクローズアップされ、あたかもそれが解決されないかぎりは真の意味での実証実験を許さずというような風潮がある。チャレンジ精神が全くなくなっているように見えるのだ。

 

馬車業者を守ろうとした「赤旗法」

 

 少し古い話になるが、19世紀の後半イギリスに「赤旗法」(Red Flag Act)という法律があった。当時の最先端技術である蒸気式の乗合バスに旅客を取られることを警戒した馬車運送業者のバックアップでできた法律と言われている。蒸気自動車の最高速度を、郊外では時速6km、市街地では時速3kmに制限し、蒸気自動車を、運転手、機関員に加えて赤い旗を持って車両の55m前方を歩く人の3名で運用することを規定した。安全のため、旗を持つ人には、騎手や馬に自動車の接近を予告することも義務づけた。イギリスの自動車産業がドイツに後れをとった要因が、この法律であったと言われている。日本の自動車産業も同じ轍を踏むのであろうか。

 

一方、ドイツでは―

 

 独アウディは2018年に高級セダン「A8」に、レベル3の自動運転機能を搭載する予定であるという。具体的には、中央分離帯のある自動車専用道路の同一車線を時速60キロ以下で走る際に、車に運転を委ねることができるというものだ。ドイツ政府は、この「A8」の自動運転が合法化されるように法律を改正し、自動運転実用化に向けて一歩を踏み出した。

 一方、アウディも自動運転中に事故が起こった場合、自社が責任を負うとしており、企業として相当なリスクを取る覚悟を示している。このように、世界では急激に自動運転車の実用化が進もうとしている。名ばかりの実証実験の入口で戸惑いを見せているのは日本だけなのだ。

 

レギュラトリー・サンドボックスの活用

 

 もちろん自動運転は未知な部分も多いが、今までの法制度や慣習、リスクにとらわれ、既存産業だけを守り、新たな流れに目をつぶってしまっていては縮小均衡に陥るばかりだ。そもそも自動運転は、一直線で目標に到達できるというものでなく、トライアンドエラーをくりかえして何度も壁にぶつかりながら実用に行き着くものと思われる。石橋を叩いて「渡らない」のではなく、時として「見る前に跳ぶ」ことも必要なのだ。

 いきなり跳ぶのが難しければ、まず期間を限定して影響を見ることに重点を置いてはどうだろうか。自動運転などの新たな分野は既存の規制によって実際に試せないため具体的なニーズや効果を示すことができない。具体的なニーズや効果を証明できなければ、規制当局は規制改革に踏み切ることができないと考えている。この悪循環を脱却するために、現在、政府が提唱している「レギュラトリー・サンドボックス」のような制度を活用することが適切である。

 「サンドボックス」とは砂場のことだ。「レギュラトリー・サンドボックス」とは、子供たちが砂場で遊ぶように規制を一時的に凍結し、自由に新事業を試みて迅速な実証を可能にするという制度である。地域限定のものもあるが、全国規模で期間を限定して規制を凍結するケースもある。新しい事業を行う企業が「レギュラトリー・サンドボックス」を発案し、それを官側(省庁、都道府県、市町村など)と地元住民が採択するか否かを決めるというやり方である。ただし、ここで注意しなければならないのは、既存産業に意見は聞くが、決定権を与えないようにすることである。採用する否かは、新たなビジネスモデルの導入によって、「国民がサステナブルに生活水準を上げられるかどうか(あるいは、現在の生活水準を維持することができるのか)」という視点で考えるべきであり、既存産業の維持に重点を置くべきではない。馬車産業を守ろうとした「赤旗法」がなにを招いたか、思い起こしてほしい。

 

自動運転の「本気」の実証実験を!

 

 自動運転のレギュラトリー・サンドボックスを行う際には、技術的に実現可能性が高く、日本国内で大きな問題となっている社会的課題を解決する糸口となる対応から始めるのがよいだろう。

 例えば、人手不足や赤字が見込まれるなどの理由で移動ニーズが満たされない地域(特に少子高齢化が進展した地域)を解消するため、無人走行による移動サービスの実証実験を始めるのはどうだろうか。市街地のようにクルマや人の通行が多い地域では難しい面もあるが、不確定要素の少ない地域ならば、格好の実証実験の場となる。同時に、短期的に地域のニーズにも応えられる。

 このような実証実験は、(日本でよく行われている)単なる「さくら」のような人々を集めた形式的な実験に留めるべきでなく、実際、それらを必要としている地元の人々に使ってもらうことが必要不可欠である。身近に自動運転を体験できる「現場」が増えると、国民の自動運転に対する受容性も高まるはずだ。そろそろ、実用化を進めつつあるドイツや米国を意識して、「本気」の実証実験を行うべきなのだ。簡単な実証実験(専用空間、地方)から複雑な実証実験(一般道路、都市部)へと安全を確保しながら段階的に実験を進めることにより、社会受容性も高まっていくと考える。

 自動運転は、実用化を前提とした実証実験の段階に来ている。

 今、日本では、過去の特区等の問題を糾弾するだけで、日本の未来を真剣に考えていない方々に議論が左右されすぎているように思われる。あたかもそれが解決されない限りは「レギュラトリー・サンドボックス」や特区すらも許さずというような風潮が見られ、政府も腰が引けているようにみえる。政府はリスクを取って、明日の日本のために「気骨」を見せるべきではないだろうか。

(完)


目次

序章 AIがゲームを変える
第1章 激変する自動車産業――AIとモジュール化
第2章 自動運転――モノづくりからサービスへ
第3章 つながる革命――スマート工場とコネクテッドカー
第4章 シェアリングエコノミー――破壊的イノベーション
第5章 だれが成長を妨げるのか――法規制のゆくえ
終 章 日本の産業構造をどう変えるべきか

 

 

 

 

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