[ 特別記事 ]

人文学者が、ドラッカーについて書いた理由

あとがき本棚2|『思想家ドラッカーを読む』

2017/3/5

ファシズムの時代を生き抜いたドラッカーは何と闘い、
どんな世界を夢見ていたのか?

「マネジメント」「リーダーシップ」「プロフェッショナル」といった言葉ともに、日本でも絶大な人気を誇る、経営学者・思想家のピーター・ドラッカー。あまたの本がビジネス分野ならびに自己啓発分野において出版されてきたが、彼の思想的な側面はこれまで十分に掘り下げてはこられなかった。本書は、ドイツ思想ならびに現代アメリカ思想、さらにはポストモダン思想にまで通暁している、思想史家・法哲学者の仲正昌樹氏が、ドラッカーを“思想”という観点から書いた、これまでにない入門書である。


 

 経営戦略家とかフューチャリストではなく、思想(史)家としてのドラッカーについて論じてほしい、というNTT出版の山田兼太郎氏のかねてからの強いリクエストに応えて、本書を実際に書き始めたのは二年前のことである。これまでルソー、ウェーバー、カール・シュミット、ハイデガー、ハイエク、アーレント、デリダ、丸山眞男、ロールズ……と、いかにもオーソドックスでメジャーな思想家についての本をたくさん書いてきたので、この辺で、普通の思想史には登場しない、実学的なイメージの強いドラッカーのような人物を論じるのもいいのではないか、という気がした。ドラッカーが法哲学出身で、純粋法学のケルゼンと義理の甥であることや、オーストリア学派やカール・ポランニーと親しい関係にあったことも、思想史的な魅力だった。

 とはいえ、書き進めていくに当たって心理的抵抗がなかったわけではない。ドラッカーは思想史的な素養が豊かで、実際初期には法理論や政治哲学に分類される仕事をしており、本書でもそこに力を入れた。しかし、その彼は最終的に経営学者になった。法、経済、政治、宗教に関する彼の哲学的考察と、マネジメントやイノベーションをめぐる戦略的考察とどう関係づけて理解すればいいのか。うまく関係づけられないと、ドラッカーは、生きていくために途中で哲学的な仕事を辞めてしまった、中途半端な人になってしまう。本文中でもところどころで示唆したが、思想史家としてのドラッカーは粗削りであり、細部が詰められていない雑な議論をしているところが目立つ――初期の仕事が、ナチスのユダヤ人迫害と、亡命生活の慌ただしさの中で仕上げられたということは割り引いて考えねばならないが。

 加えて、正直に言うと、「ビジネス」というのは、私にとって本格的に苦手な領域である。私がこれまで仕事をしてきた思想史関係の仕事でも、私の本来の得意分野ではない、法学、経済学、分析哲学、芸術などに属する問題に言及しなければならないことはしばしばあった。これらの分野には、スノッブで閉鎖的な“プロ意識”の人間、つまり、自分たちの専門領域に素人が口を出すことは許さぬ、という態度の人間が少なくない。その手の人間は、「経済学を専門にしていない素人にハイエクをちゃんと論じられるはずがない。どうせ表面をなぞるだけだ!」、という類のあまり品のよくない嫌味を――テクストをちゃんと読まないで――言いたがる。そういう嫌味を言われると、不快なので、ちょっとした苦手意識がないわけではない。しかし、そういうスノッブな連中のリアクションにはそれなりに慣れてきたし、本や論文の中で論じたテーマに関して、ちゃんとした学者ときちんとした論争をすれば、負けないという自信はある――口が悪いだけのツイッタラーなどは論外。無論、それだけの準備をしたうえで本を書いている。

 しかし、商品を作って売る、組織を作る運営する、というのは、そういう学問や芸術といったものとは全く違うフィールドである。理論で勝負しても意味はないし、経営者とかビジネス・コンサルタントと、“正しいドラッカー”理解をめぐって争う気にもなれない――本業で忙しい経営者やコンサルタントがいちいち私と“論争”したがるとも思えないが。私は若い時に訪問販売をやった経験が多少あるが、それに懲りて、物売りはもう二度と嫌だ、という気分が今でも強い。どういうタイプの実務がというより、商売そのものが苦手なのである。

 大学という組織に属している関係で、学内行政係の仕事をする機会はそれなりにあるし、学術・出版関係の仕事で編集責任者になると、他人の働きぶりに気を使わないといけない。「マネジメント」的なことは避けて通れないのだが、そういうのは非常に気を遣うので、極力やりたくない。大学の幹部職員や本や雑誌の編集者は、他人が当初の計画通りに動いてくれない時にどうするか考えておくべき立場にあるのだが、それがあまり出来ていない人が結構いる。そういう人と一緒に仕事をするとイライラするが、自分がその人たちの“マメジメント”を部分的に肩代わりするのは、なおさら嫌だ。余計にストレスがたまるのが目に見えているからだ。かといって、“ビジネス意識”満々の大学経営者や教員、スーパーキャリア公務員、改革派の教育評論家のようなタイプの人も好きではない。押し付けがましいからだ。

 そうした根本的な苦手意識があるので、ビジネス書によくある、ドラッカーとか戦国武将とかスポーツの監督とかの名言を引き合いに出して、「〇〇に学ぶ◇◇◇◇の精神」という類の売り文句が本当に嫌いである。本屋に行く時、なるべく目を背けるようにしている。ただ、そういうものの教祖扱いされている人物だからこそ、本人の思想をちゃんと知らなければならない、それを通して自分が嫌っているものの正体を見届ける必要はある、という気持ちもかねてからあった。そういう葛藤の中で本書を書き始めた。

 本書を書き進めていく内にはっきり分かったことは、ドラッカーが「マネジメント」を厳密な科学的方法論に基づいて構築できるものだとする見方を斥ける一方で、基本的心構えとか生まれつきの素質、特別な訓練によって獲得される資質のような、個人的なものとも捉えていなかった、ということである。むしろ、弱くて不器用で、環境の変化になかなか適合できない、しかし古くからある共同体に帰る道も閉ざされた諸個人が、現代社会でどうやって生きていったらいいか、と考える中で、企業を媒介共同体として捉えるドラッカー独自の「マネジメント」観が生まれてきたのではないか。彼にとって「マネジメント」とは、効率的な組織を作り運営することよりも、そのままではなかなか個性を生かせない人たちに居場所を与え、生き残らせるための思考戦略だったのではないか。そういう風に思えてきた。

 半自伝的著作『傍観者の時代』のタイトルが示唆しているように、彼自身が完全にしっくりきて落ち着くことのできる居場所をうまく見つけることのできない、典型的な「傍観者」であり続けたからこそ、「マネジメント」の社会的機能を第三者的に客観視する、「マネジメント」の思想家になることができたのかもしれない。GMに頼まれて「傍観者」の立場で研究をしたのに、その成果がGMそのものには気に入られず、その他の企業から高く評価されたことが、彼のマネジメント学者としての出発点になったというエピソードには象徴的な意味があるように思える。

 この見方が外れていないとすると、ドラッカーは、私とかなり近い問題意識から学究生活に入ったことになる――こういう言い方がかなりおこがましいことは承知している。そういう見方が固まってくると、一気に書き進めることができた。この本を書き終えて、「マネジメント」という異分野に少しばかり関心を持てるようになった。「教養としてのマネジメント」という言い方は、単なるキャッチフレーズではない、深い意味があると思えるようになった。


目次

まえがき  人文学者、ドラッカーを読む
第1章   ウィーンのドラッカー
第2章  守るべきものとは何か?–ドラッカーの保守主義
第3章  なぜファシズムと闘うのか?–ドラッカーの自由主義
第4章  思想としての「マネジメント」
終  章  弱き個人のための共同体としての企業
あとがき

 

 

 

 

『思想家ドラッカーを読む』2018年2月刊|書籍詳細