[ 連載 ]

『AIが変えるクルマの未来』刊行によせて

第1回|わかっちゃいるけど やめられねぇ

2017/2/9

AI、自動運転、シェア、電気自動車、クルマの未来はどう変わるのか。AIと日本の自動車産業のかかわりを、技術的側面、産業的側面のみならず、制度的側面も含めトータルにとらえ、その現状を分析する中村吉明『AIが変えるクルマの未来 自動車産業への警鐘と期待』。本書の刊行を記念して、全3回にわたるエッセイで、その内容の一部を紹介します。

 

日本が陥る「イノベーションのジレンマ」

 自動車産業が100年に一度の大転換を迎えていると言われているが、最近の自動車組立メーカーをみていると、脳裏にこの曲が流れる。クレイジーキャッツの植木等が歌う「スーダラ節」だ。

 

チョイト一杯の つもりで飲んで

いつの間にやら ハシゴ酒

気がつきゃ ホームのベンチでゴロ寝

これじゃ身体に いいわきゃないよ

分っちゃいるけど やめられねぇ

(『スーダラ節』作詞:青島幸男 作曲:荻原哲晶 1961年)

 

 小生、いくぶん歳を取っているが、この曲の世代ではない。リバイバルか何かで、植木等が歌っているのを聞いたのだろう。でも、ことのほか残る歌で、なぜか歌えてしまう。ただ、ここで私が言わんとしていることは、自動車産業がハシゴ酒と関係があるという訳ではない。「分っちゃいるけど やめられねぇ」ということばが、妙に頭に残ってしまうのである。

 最近、CASEという言葉をよく聞く。Connected(コネクテッド・カー)、Autonomous(自動運転車)、Sharing Economy(シェリングエコノミー)、Electric(電気自動車)の頭文字を取った言葉だ。これらが、同時並行的に自動車産業を襲い、従来の競争条件が大幅に変わりつつある。グーグル、テスラのようなニューカマーの進出のほか、独ボッシュや独コンチネンタルなどのTier1(ティアワン)といわれている一次下請け企業の躍進に、トヨタ、日産などの自動車組立メーカーが危機感を強めている。

 もちろん、自動車組立メーカーも、このCASEの荒波によって、自動車産業が大幅に変わるのは十二分に承知している。つまり、徐々に産業構造が変わり、旧来のままでは自動車組立メーカーが生き残れないということを十分、理解しているのである。来るべき未来が「わかっている」のだ。

 ただ、「わかっている」が、次の積極的なアクションがなかなか取れない。これが「分っちゃいるけど やめられねぇ」ということなのだ。

 これはまさにクリステンセンの言う「イノベーションのジレンマ」ではないだろうか。ちなみに「イノベーションのジレンマ」とは、優れた特色を持つ製品を売る「巨大企業」が、その特色を改良することのみに目を奪われ、顧客の別の需要に目が届かず、その製品より劣るが新たな特色を持つ製品を売り出し始めた「新興企業の前に力を失う」ことをいう。優良企業は顧客のニーズに合わせて従来製品の改良を進め、ニーズの見えないアイディアは切り捨ててしまうのである。

 具体的に考えてみよう。現在、自動車組立メーカーは自動車市場を寡占化しており、企業業績も絶好調だ。まさに優良企業である。彼らは、現在の状況が永遠に続かないと理解しつつも、永遠に続いてほしいと願っている。つまり、CASEの時代が到来すると考えているものの、まだまだ先と考えている。グーグルやテスラなどのニューカマーと時間軸の考え方が全く違うのである。ゆえに、世の中の変化に相対的に鈍い動きを示す。

 例えば、EV(電気自動車)の社会が来ると思いつつも、充電ステーションが少ないとか、連続走行時間が短いとか、そもそもリチウムイオン電池の素材となるリチウムやコバルトの供給量に限界があるとか、そもそもEVに供給できる電気の量が限られているとか、今、できない理由を考えてしまう。確かにそれら自体は正しいが、今後のイノベーションで解決できる可能性があるのも事実である。すなわち、考え方次第ということにもなるが、当面は非現実的であるとし、リスクを取らず、既存の延長線上で考えてしまうのだ。

 

「集中と選択」夢のまた夢

 また、ディシジョン・メイキングでも問題がある。現在の経営幹部は、当然、過去の業績を評価されて現在の地位を得ている。例えば、HV(ハイブリッド車)で昇格して幹部になった人の前で、「HVの生産をやめて、PHV(プラグインハイブリッド車)やEVだけにしましょう」とは言い出しにくい。ビジネスパーソンのサガというものだろうか。しかし、世の中でのHVの評価は下がるばかりだ。例えば、カリフォルニア州などのZEV(排ガスゼロ車)の販売を義務づける規制でHV車を対象外としたり、中国が導入を促進する新エネルギー車の中ではHVは非対応車になってしまっている。

 他方、「FCV(燃料電池車)は当分、市場を獲得できませんからやめましょう」ともなかなか言えない。もちろん、FCVで昇格した幹部もいるだろうが、それにも増して、すでに大量の設備投資を行っており、それらが償却できていないのに撤退とは言いにくい。これでは、「集中と選択」は夢のまた夢、まさに「分っちゃいるけど、やめられない」状態である。

 自動車組立メーカーが何もしていないわけでは決してない。CASE時代の到来に備えて努力しているのも事実である。

 例えば、トヨタはシリコンバレーにTRI(トヨタ・リサーチ・インスティテュート)を創設し、AIを活用した自動運転などを研究する組織を設立している。また、トヨタと日産はCVC(コーポレート・ベンチャー・キャピタル)を設立し、自らの持っていない技術を補完しようとしている。さらにトヨタはリチウムイオン電池や次世代電池でパナソニックと協業を始めている。

 このように、未来のクルマに向けて、「自前主義」を捨てて、外部の力を借りつつ、自らが変わろうと努力しようとしている。このような努力は従来の自動車組立メーカーにとってはコペルニクス的転回だと積極的に認めよう。ただ、そうはいってもCASEの流れは急激で、その変化は加速的で、このような自動車組立メーカーの速度ではとても追いつけない。

 こうした現状を見て、頭の中にあの曲が流れてくるのは私だけだろうか?

 

⇒次回|家電と同じ轍を踏むなかれ|2月17日更新


目次

序章 AIがゲームを変える
第1章 激変する自動車産業――AIとモジュール化
第2章 自動運転――モノづくりからサービスへ
第3章 つながる革命――スマート工場とコネクテッドカー
第4章 シェアリングエコノミー――破壊的イノベーション
第5章 だれが成長を妨げるのか――法規制のゆくえ
終 章 日本の産業構造をどう変えるべきか

 

 

 

 

中村吉明『AIが変えるクルマの未来―自動車産業への警鐘と期待』|書籍詳細