[ 連載 ]

『1933年を聴く』刊行によせて

第2回|乱歩と《愛国行進曲》

2018/1/10

「西洋化」から「国粋化」へ転換点で、歪む音に狂わせられる人々を、私たちは笑うことができるのか?――1933年は、猛威を振るった世界恐慌が底をつき、景気回復をともなう1年であったと同時に、世界がファシズムに傾斜していく1年でもあった。上向きと下向きが同時に存在する時代状況は、文化においても多様なかたちで歪みを生みだした。音と音楽においても然りである。齋藤桂著『1933年を聴く―戦前日本の音風景』は、そうした1933年の音と音楽に関連するユニークな出来事を通して、〈戦前〉の日本社会の空気を浮かび上がらせ、それ以前/それ以後の連続と断絶を描いた一冊である。全3回にわたる本連載では、その一部を味わっていただければと思う。

 

 江戸川乱歩による少年探偵団シリーズの中の一作『妖怪博士』(1938)は1933年を舞台にしているのだという説がある。

 集英社文庫から出た、明智小五郎の登場する作品を事件発生時の順に並べて再編したシリーズのひとつ『明智小五郎事件簿Ⅺ「妖怪博士」「暗黒星」』(集英社、2017)の中で、推理小説研究家・翻訳家の平山雄一氏が提示した説である。

 もちろんフィクション、それもしばしば荒唐無稽な内容をもった推理小説を対象としたものであるし、乱歩自身が、それほど現実世界との接点を強調しない作家であるため、何もかもが完全に事実と合致するわけではない。

 が、そうと分かった上でなお、これを1933年の世界だと思って読んでみると、色々と深読みができるところがあり、面白い。

 『妖怪博士』の中で、「春もおわりに近い、ハイキングにはもってこいの好季節」の2連休の2日目に、リュックサックを背負った少年探偵団が奥多摩の「N鍾乳洞」(日原〔にっぱら〕鍾乳洞)へと向かう次のような場面がある。

 

自動車をおりた少年探検隊は、小林団長を先頭に、総勢十一人、足にまといつくくまざさをわけて愛国行進曲を合唱しながら、勇ましく進んでいきました。

(江戸川乱歩『明智小五郎事件簿Ⅺ「妖怪博士」「暗黒星」』集英社、2017)

 

 平山氏はこの日を少年探偵団の年齢や、事件の経緯を分析した結果、ここで言われている2連休が1933年4月29日(土)、30日(日)の2日間であると判断している。あとで詳しく扱うが、29日が天長節(天皇誕生日)で祭日なので、連休というのも事実に即している。

 だが。

 1933年には絶対にありえないことが1つだけある。

 「愛国行進曲を合唱」という部分である。

 なぜなら《愛国行進曲》は1937年の作品だからである。内閣情報部の企画で、大量の応募作から選ばれた一般人の森川幸雄による歌詞を改作し、同じく公募で選ばれた瀬戸口藤吉の曲をつけたこの作品は、複数のレコード会社から発売され、時局に合致したヒット曲となった。歌詞も英語版に加えて、それを基に重訳したフィンランド語版なども作られ、国際的なアピールに使おうという意図も見られる。

 『妖怪博士』は1938年の作品であるため、ただ単に前年から流行している曲を乱歩が取り入れたということなのだろう。もし乱歩が本当にこの作品の舞台を1933年に設定していたとしたら、それを忘れてしまっていたか、もしくはそもそもそれほど厳密には考えていなかったということなのかもしれない。

 しかしそうだとしても、今から振り返れば、実はつい時代考証を間違えて《愛国行進曲》を使ってしまいたくなるような状況が、この作品の舞台となった1933年にはあったのである。

 小林少年たちが鍾乳洞を目指してピクニックに出た1日前、すなわち連休の1日目の天長節、現実の世界では何があったかを見てみよう。

 

国際連盟脱退詔書奉戴式は天長節奉祝をかねて午後二時から日比谷公園広場に開かれた、畏き聖旨に応へんとする市内各学校、各青年団、婦人会、青年訓練所生徒、帝国在郷軍人会の主催団体から約三万人の男女が参列〔、〕若葉に包まれた広場は壮観を極めた

(『読売新聞』1933年4月30日夕刊2面)

 

 この年、満州国をめぐって国際社会の理解を得られなくなった日本は、国際連盟を脱退する。これを記念した行事が、天皇誕生日と抱き合わせで開かれたのである。

 この行事は以下のように続く。

 

諸団体が日比谷公園広場に参集して連盟脱退の際渙発された詔書奉戴の式をあげ、更に同二時には代々木原頭でさきに国家主義の労働団体から献納された愛国労働号機の命名式が行はれ、同機は式後直に帝都上空にその銀翼を輝かせて処女飛行を行ふ、午後三時には国家主義諸団体の労働者一万余名が代々木の原を出発して青山から芝公演まで日本労働者の歌を高らかに合唱しつゝ愛国的デモを行ふ

(『読売新聞』1933年4月29日朝刊7面)

 

 現代の感覚では、労働者のデモというと、左翼的なものを思い浮かべるかもしれないが、ここで行進をしているのは右派の労働団体である。それゆえ「愛国的デモ」なのである。

 この右派の労働者は、この天長節の約2か月前の2月11日、すなわち紀元節のイベント「建国祭」にも参加している。この年で8年目を迎えるこの建国祭にそのような労働団体が参加するのは、1933年が初めてであった。

 ここに書かれているように、彼らは飛行機を寄付し、その後1万人が(人数については不確かではあるが)《日本労働者の歌》を歌いながら行進をした。この《日本労働者の歌》とは、赤松克麿作詞・伊藤隆一作曲の作品で、メーデー歌の代わりに作られたものである。

 このように、少年探偵団がハイキングをしていた時の日本は、国際連盟脱退後の愛国ムードに溢れていたのである。この愛国心は、4年後から始まる「国民精神総動員」の時代、そしていわばそのテーマソングと言っても良い《愛国行進曲》へと直結するものである。

 少年探偵団が陽気に歌いながら向かった鍾乳洞の闇の中に怪人二十面相が潜んでいたように、《愛国行進曲》にのってやってきた時代は敗戦までの苦難の時代であった。もちろんこの作品を書いた頃の乱歩も、登場人物も、そのことはまだ知らない。

 1933年、まだ《愛国行進曲》は存在しなかった。だがそこで歌われる愛国思想の種子は発芽し始めていた。乱歩が思わず《愛国行進曲》を1933年の文脈に置いてしまったとしても不思議はない。

 『妖怪博士』が1933年を舞台にしていると考えるのは、細部にこだわれば誤読かもしれない。だが、敢えてこちらから誤読をしてみることで、見えてくるものもある。

 1933年/1938年の少年探偵団の合唱は、時代の響きそのものだったのである。


※戦後の版ではこの「愛国行進曲」が「少年行進曲」と改められているものがある。おそらく思想的な理由ではあろうが、もしかしたら乱歩が年代の不整合に気付いた結果かもしれない。とはいえ、これは探偵小説には不似合いなまったくの推測でしかないが。

  ⇒[第3回更新1月24日予定]


連載『1933年を聴く』刊行によせて(全3回)
 
 

目次

1 尺八奏者・野村景久による殺人 ―音楽の合理化と精神論
2 「良い」田舎と「悪い」田舎 ―音楽における都市と地方
3 三原山に見る近代 ―自殺ブームと音楽
4 音楽家たちの階級闘争 ―政治と脱政治のあいだで
5 国際連盟脱退という「まつりごと」 ―デモ行進の音楽
6 サイレンのある街 ―時報、防空警報、皇太子の誕生

 

 

 

 

齋藤桂『1933年を聴く』2017年12月刊|詳細目次へ