[ 連載 ]

『1933年を聴く』刊行によせて

第1回|百貨店で過ごす1933年

2017/12/27

「西洋化」から「国粋化」へ転換点で、歪む音に狂わせられる人々を、私たちは笑うことができるのか?――1933年は、猛威を振るった世界恐慌が底をつき、景気回復をともなう1年であったと同時に、世界がファシズムに傾斜していく1年でもあった。上向きと下向きが同時に存在する時代状況は、文化においても多様なかたちで歪みを生みだした。音と音楽においても然りである。齋藤桂著『1933年を聴く―戦前日本の音風景』は、そうした1933年の音と音楽に関連するユニークな出来事を通して、〈戦前〉の日本社会の空気を浮かび上がらせ、それ以前/それ以後の連続と断絶を描いた一冊である。全3回にわたる本連載では、その一部を味わっていただければと思う。

 

 もしあなたが1933年の東京にいたとしたら、どこに行くべきだろうか。

 音楽が好きなら2月9日に日比谷でパリ帰りのピアニスト、原智恵子の帰朝演奏会が開かれている。映画ファンなら9月になって映画館に行けば、あの『キング・コング』が見られる。あるいは文学に親しんでいるなら、生前の小林多喜二に会える最後のチャンスである。

 だが、特にこれといって決まった予定がないならば、今の私たちも時々するように、百貨店に行ってみるのはどうだろう。

 たとえば1933年の3月20日に東京の日本橋に行くと、長蛇の列ができているはずである。

 髙島屋の開店日である。

 地上8階、地下2階のこの百貨店は、最上階に最新の照明装置を備えた劇場があり、各階に電動の時計を設置、冷水器や夏場の全館冷房までも備えた「モダン」の最先端をいく建物であった。

 ただ西洋風という意味だけの「モダン」ではない。ところどころに日本風・東洋風の意匠を取り入れたこの建築は、満州事変以降の国粋趣味の流行に乗った、いかにも1930年代らしい建物である。建築評論家の松葉一清はこの建築について、

 

 明治以来の欧化政策下においては禁断とされてきた表現であった和風に手を染めたところに、この時代の雰囲気の一端が読み取れる。

(『帝都復興せり!――『建築の東京』を歩く』平凡社、1988)

 

と述べ、1年後にできる築地本願寺や軍人会館などと並んで同時代の東洋趣味建築の一つに位置づけている。

 行列に耐えて入店すると、開店イベントの一環としてファッションショーが催されている。美術・演出・脚本は、1920年代に築地小劇場で活躍し、1937年には有名な日独合作映画『新しき土』の美術を担当することになる吉田謙吉で、振り付けは日本の近代舞踊の創始者の一人である石井漠と日本舞踊の改革者である藤蔭静樹の二人、照明担当は遠山静雄、日本における照明技師のパイオニアである。さすが百貨店だけあって当時の売れっ子芸術家を集めたショーである。

 ファッションショーというからには音楽も使われていたはずだが、残念ながら記録には残っていない。

 さて、朝から百貨店をうろうろしていたとしたら、そのうちに正午を伝える時報が聞こえてくる。近くの丸ビル屋上から聞こえてくるサイレン音である。東京では1929年に正午を告げる皇居からの大砲が廃止され、東京市各所に設けられたサイレンで時を告げるようになっていた。

 このサイレンは、都市を象徴する新しい音として認識される。川端康成の掌編「靴と白菜」(『婦人画報』1932年2月号所収)には、郊外に住む新妻が「サイレン・ラヴ、サイレン・ラヴ」とつぶやきながら、都会に思いをはせる場面が出てくる(というより、ほぼその場面だけでできた作品である)。川端は冒頭に、

 

 サイレン・ラヴ――正午のサイレンを合図に僅かの休時間を利用してサラリイマンとオフイス・ガアルが食堂の片隅などで囁き合ふ恋を云ふ

 

という説明を付けている。つまりは当時の流行語である。髙島屋の7階には食堂があったが、さすがに普通のサラリーマンやオフィスガールの昼食用ではないだろう。地下のフルーツパーラーあたりが「サイレン・ラヴ」には適していそうである。

 このサイレン音はこの年、また違った文脈でも新しい時代を象徴する音となる。

 1933年8月9日から10日にかけて(地区によってはその前後も)、関東防空大演習が行われる。関東地区を対象として初めての大規模な防空訓練である。「訓練」というと、今日の学校や会社での訓練のように、避難訓練と演説による小一時間で終わるものを想像するかもしれないが、この防空訓練は模擬弾や実際の火、微量の催涙弾までも用いた、かなり本格的なものである。この時の映像がインターネット上のNHKアーカイヴスに残っている。映像だけ見れば実戦と区別がつかないほどである。

 この訓練での空襲警報のために、さらにサイレンは増設される。複数の音源が同時に鳴り、それを各所の人々が同時に認識するという都市の仕組みが整い、この頃から使われ始めた「非常時」という言葉にふさわしい街の音空間が作られていくのである。

 現実の都市空間だけではない。この訓練の様子はラジオで移動中継され、訓練に参加していない地域の人々にも伝えられた。また、この訓練を盛り立てるために《日本防空の歌》(伊藤和夫作詞・細田義勝作曲)やラジオドラマ『空の悪魔』(岸田國士脚本・松本幸四郎主演)等が作られ、聴覚によって防空ムードが広く共有されたのである。

 さて、髙島屋に戻ろう。

 この防空訓練の時期、髙島屋では「海軍展」が開かれていた。軍事ムードの高まる時局に合わせた展覧会である。

 だが、この防空訓練に合わせて出た高島屋の広告には次のように書かれている。

 

   スワ!敵機襲来!!色めく全関東の空と海!
  防空演習見物の安全地帯 日本橋 髙島屋
  今評判の「海軍展」をご見物かたがた(原文は\/¨)涼しい高島屋で盛夏のお買い物を……
  大演習中髙島屋上空で興味深い煙幕引きの模擬戦闘が行はれます

 

 実際に飛行機が飛び、高射砲がうなり、そして空襲警報のサイレンが鳴り響く物々しい雰囲気の中、客に屋上からのどかに見物させようというのである。商魂のしたたかさとでも言おうか。

 この年の12月23日、またもやサイレンが鳴り響く。2回連続で鳴ったサイレンが告げたのは皇太子(現天皇)の誕生である。祝賀の雰囲気の中、百貨店ではクリスマスセール、年末セールが行われ、1933年は暮れていく。

 周辺が本物の警報音の中、空襲によって焦土となるのは、まだ10年以上も先のことである。

⇒ 1月10日更新予定|第2回|乱歩と《愛国行進曲》


目次

1 尺八奏者・野村景久による殺人 ―音楽の合理化と精神論
2 「良い」田舎と「悪い」田舎 ―音楽における都市と地方
3 三原山に見る近代 ―自殺ブームと音楽
4 音楽家たちの階級闘争 ―政治と脱政治のあいだで
5 国際連盟脱退という「まつりごと」 ―デモ行進の音楽
6 サイレンのある街 ―時報、防空警報、皇太子の誕生

 

 

 

 

 

齋藤桂『1933年を聴く』2017年12月刊|詳細目次へ