[ 特別記事 ]

元気な立憲民主主義──抑制と均衡、アメリカの40年

まえがき本棚2|憲法で読むアメリカ現代史|

2017/12/26

レーガンからブッシュ、オバマ、そしてトランプまで―― 1980年代のレーガン政権以降、社会を揺るがした数々の判決事例を鍵に、大統領・最高裁・議会の三権分立の物語を通して読み解く「アメリカ現代史」。最高裁判決の礎となる米国憲法は、1776年の建国以来、自由と民主主義の精神を掲げ、アメリカの政治や社会のあり方を決定づけてきた。ロイヤーにして憲法政治学の第一人者である著者が膨大な資料を精緻に読み込み、立憲民主主義と超大国アメリカの真の姿に迫る。
*本記事は、2017年11月27日刊行の阿川尚之著『憲法で読むアメリカ現代史』のまえがきをWEB用に公開するものです。 

ワシントンの三つの建物

 アメリカ合衆国の首都コロンビア特別区には、連邦政府の建物が数多く存在する。そのなかでひときわ目立つのが、丘の上に立つ合衆国議会議事堂である。一八〇〇年に完成し、同年、それまでフィラデルフィアで開かれていた合衆国議会がこの建物に移った。米英戦争のさなかの一八一四年には英軍に火をつけられて一部を焼失したが、その後、国土の拡大とともに議員数が増え、増築を繰り返して現在の姿になった。親しみをこめて「キャピトル」と呼ばれる。

 一方、キャピトルからまっすぐ西北西の方角へ伸びるペンシルヴェニア大通りを二キロ半ほど行った地点に立つのが、アメリカを代表するもう一つの建物、ホワイトハウスである。やはり一八〇〇年に完成し、第二代のジョン・アダムズ大統領が居を構えて以来、大統領の官邸として用いられてきた。ホワイトハウスも一八一四年、英軍に焼き払われたあとに再建され、改築を繰り返して、現在のかたちになったのは一九五二年である。ちなみに一八〇五年以来、合衆国議事堂で就任式を終えた新大統領は、ペンシルヴェニア大通りをホワイトハウスまでパレードするのが慣例である。

 さらにキャピトルヒルの一角、合衆国議事堂から道をはさんだ東側に、合衆国最高裁判所がある。この建物もローマの神殿風の堂々としたものだが、完成したのは一九三五年と、議事堂やホワイトハウスに比べて新しい。連邦最高裁は一八一〇年から同年まで、この議事堂内部に間借りしていた。

 三つの建物は、アメリカ合衆国憲法が規定する三権の所在地であり、象徴でもある。第一条が定める連邦立法府が合衆国議事堂、第二条が定める連邦執行府がホワイトハウス、そして第三条が定める連邦司法府の頂点に立つ最高裁判所がその建物に所在する。

 ちなみにコロンビア特別区自体が、憲法第一条八節一七項の規定にもとづいて建設された、憲法の定める三権を行使する部門を置くための都市である。もともとポトマック川の両岸にまたがっていたが、右岸(西)側の土地がのちにヴァージニア州へ返還されメリーランド州が提供した左岸(東)側のワシントン郡だけが残ったので、この首都を略してワシントンDC、またはワシントンと呼ぶ。

 

三権の分立、抑制と均衡の原理

 合衆国創設当初の約一〇年を除き、こうしてワシントンに置かれた合衆国政府の三権は、時に立し、時に協調し助けあいながら、アメリカの歴史を刻んできた。合衆国議事堂、ホワイトハウス、最高裁判所は、新しい首都が生まれてから今日まで約二二〇年のあいだ、その主たる舞台であり続けた。

 そもそも立法府、執行府、司法府の対立と協調は、憲法制定者の意図したものであった。ジェームズ・マディソンがアメリカ合衆国憲法に関する古典『ザ・フェデラリスト』の第四七篇で述べたとおり、独立を果たしたアメリカ人は、「立法・行政・司法の権限がすべて一つの掌中に帰することは、それが単独であれ、少数であれ、多数であれ、あるいは世襲であれ、僭主であれ、選挙によるものであれ、まさしく専制政治そのものである」と認識していた。それを防ぐために、モンテスキューの『法の精神』を参考にしながら、憲法に三権分立の仕組みを盛りこむ。

三権分立によって連邦政府が強くなりすぎるのを防ぐのは、自らの力が合衆国誕生によって弱まるのを恐れた各州の利益にもかなっていた。マディソンは同じく『ザ・フェデラリスト』の第五一篇で、この仕組みを「抑制均衡の理論」にもとづき詳しく説明している。

 ただし三権への権限配分をどのように行うかは、憲法制定会議で大いに議論された。三権分立をどこまで厳密に行うか。合衆国政府が十分機能するためには各部門にどんな権限をどれだけ与えればよいか。各部門が他部門による権限濫用を防止するためには、どのような権限が必要か。三権のあいだ、および連邦と州のあいだの望ましい力のバランスを憲法に書きこむのは、難しい仕事であった。

 しかも時代によって力のバランスは変化する。建国から南北戦争の前後までは、州の力が圧倒に強く、連邦政府の権威と権限の確立が憲法上の大きな課題であった。一九世紀後半から二〇世紀前半までは、ようやく地歩を固めた連邦議会と大統領が、アメリカの社会や経済に関する具体的問題にどこまで関与すべきかが、主たる問題になる。そして二〇世紀の半ば以降は、大きな戦争や危機を乗り越えて強大化した連邦政府、特に大統領の広範な権限行使をどこまで許容し、いかに抑制するかが、何度も問われるようになる。

もっとも危険の少ない部門

 ところで憲法が定める三権のうちで、司法府は建国当初、その存在意義さえ疑われる存在であった。アレクサンダー・ハミルトンは『ザ・フェデラリスト』の第七八篇で「司法部は、その職能の性格上、憲法の認める政治的権利にとって最も危険の少ないもの」だと述べている。なぜなら、「そうした権利を妨害したり侵害したりする力」をほとんど有しておらず、「他の部門のいずれかを攻撃しようとしても、勝てる見込みはありえ」ないからである。ところがこの弱体な連邦司法府、とりわけ最高裁が、二〇世紀後半にはアメリカの政治や社会に対し、きわめて大きな影響力を行使するようになる。

 なぜそうなったかについては、多くの研究があり、いろいろな見方がある。しかしその最大の理由は、最高裁が建国初期に判例を通じて司法審査の権限を確立したことにある。この権限を用いて、最高裁は連邦議会が制定した法律や大統領の行政行為を、あるいは州の法律や行政行為、裁判所判決の合憲性を審査し、違憲であれば無効と宣言する。この権限の行使によって自らの影響力と権威を確立し、また政府部門間の抑制と均衡のプロセスに自ら参加している。これこそが他に類を見ない、強力なアメリカ連邦司法の姿である。

 アメリカ合衆国の歴史は、連邦政府の三権相互間で、また連邦政府と州のあいだで生起する数々の具体的な事件や問題を解決してきた、対立と協調の物語と言ってよいだろう。複雑な憲法構造のなかで、異なった政府部門は合衆国憲法を遵守しつつ、その仕組みを用いてなんとか対立を乗り越え、アメリカの進む方向を定めてきた。もちろんそれは政治、経済、社会の変化を反映し、予期せぬ危機や戦争に影響され、それぞれの政府部門を構成する人々の個性や信念が強く出る、きわめて人間的な物語である。

 

本書の位置づけと視点

 著者は前作『憲法で読むアメリカ史』で、アメリカ合衆国の誕生からレーガン政権発足までの二〇〇年近い歴史を、憲法の視点から綴った。特に各時代のさまざまな問題解決にあたって憲法の解釈を行う最高裁の役割に焦点を当て、アメリカ史を一つの物語として描いた。本書はレーガン政権発足以降のアメリカの歴史を、同様の手法で綴ったものである。したがって本書は『憲法で読むアメリカ史』の続編、その現代史版と考えてよい。

 本書では特に、一九八〇年代以降の大統領と最高裁の関係に、焦点を当てる。一九二九年に始まった大恐慌という未曾有の国難をきっかけに、連邦政府は強大な権限を有するようになった。さらに世界大戦や冷戦の時代を経て、とりわけ大統領の権限が拡大した。もちろん、原則として大統領は議会の制定した法律にもとづいて政策を実現するのだが、外交や戦争、テロといった問題に関しては大統領の裁量権が非常に大きい。内政、経済、社会、宗教、言論などの問題に関しても、国民多数の主張をしばしば大統領が代弁し、自らの信条に合致する政策を実行するために連邦議会を説得し、その支持を得て、あるいは対立しながら実行する。

 こうした大統領の行為とその法的根拠をめぐっては、多くの憲法訴訟が起こされ、最高裁がその合憲性について判断を示す。最高裁判事には定年がない。そのため任期が限られている大統領は、自分の信条に近い最高裁判事を任命して、自分の退任後も影響力を残そうとつとめるが、保守派と進歩派の政治的対立がますます深まる現代のアメリカでは、判事任命の過程もまた大きな政治的意味をもつ。

 歴史は一つではない。それを語る人の数だけ、異なった歴史がある。英語のstory(物語)とhistory(歴史)が、同じ語源をもっている事実からしても、それがわかる。ただし現代史を描くのは、古い歴史を描くのとはまた別の難しさがある。感覚的にはつい最近のできごとであり、情報は豊富にあるけれど、事実は十分整理・検証されていないし、評価はばらばらである。本書は、そうした難しさを意識しつつ、アメリカの現代史を具体的な憲法問題をめぐる大統領と最高裁の関係にできるだけ絞って描こうとする一つの試みである。

物語のはじめに

 物語を開始するにあたって、予め述べておきたいことがいくつかある。

・本書の主題

 第一に、本書は憲法をとおして見るアメリカの現代史を主題とするものであり、現代のアメリカ憲法解釈の詳細な分析を目的としていない。この国では、最高裁が重要な憲法判決を下すたびにロースクールの憲法学者が論争を行い、論文を書き、本を著す。一九八〇年代以降に下された憲法判例だけとっても、研究成果が無数にある。

 本書ではそうした専門的な議論は最小限に留める。憲法はあくまでアメリカ現代史を語る視点として、そのための手段として用いる。ただし、アメリカでは重要な憲法判決をめぐる論争はマスコミが取り上げ、一般人も加わる。学者は一般人向けの本も書く。アメリカという国で憲法がなぜこれほど重視されるのかを探るのも、アメリカ現代史を考えるうえでの一つの視点だろう。

 

・判例の詳細

 第二に、憲法をとおしてアメリカの現代史を描く以上、技術的かつ専門的な憲法問題にある程度触れざるをえない。なるべくわかりやすく説明するようにつとめるが、その結果、やや単純化しすぎた部分的な説明に終わってしまうかもしれない。より深く知りたい読者は、何より最高裁の判決文を原文で読み、論文や学術書にもあたってほしい。巻末にいくつか入手しやすい文献を挙げた。

 

・代わる大統領、変わる最高裁

 第三に、本書をよりわかりやすくするために、一九八一年から現在までの期間を、大統領の任期ごとにわけて取り扱うことにする。この時期、アメリカでは六人の大統領が就任し、国政を担当した。レーガン(二期八年)、ブッシュ(父)(一期四年)、クリントン(二期八年)、ブッシュ(息子)(二期八年)、オバマ(二期八年)、そして二〇一七年一月に就任したトランプである。本書では各大統領の四年の任期ごとに、大統領、そして場合によっては議会がどのような憲法問題に直面し、当時の最高裁がどう対応したかを述べる。

 ちなみにアメリカ憲法の規定により、大統領の任期は四年、再選されても八年までと制限されているのに対し、最高裁判事(実際は連邦裁判所判事すべて)には任期の制限がない。したがって、任命されてから三〇年経っても現役で活躍する例が珍しくない。判事の任期は平均的に大統領の任期よりはるかに長く、一九八一年から今日まで、最高裁の首席判事は二回しか交代していない。また九人の現役最高裁判事のうち、一九八〇年代に任命された判事が一人、九〇年代に任命された判事が三人いる。二〇一六年に現役のまま死去したスカリア判事は、ほぼ三〇年間その地位にあった。

 このように、大統領の任期と最高裁判事の任期が一致せず、大統領が代わったからといって最高裁の方向性がにわかに変化するわけではない。ただし年月が流れ、歳をとると判事も一人ずつ交代するので、最高裁もゆっくりと変わっていく。両者の関係がわかりにくいので、巻末に大統領と議会上下院の多数党、そして最高裁判事を年代順に並べて表にまとめた。また主要判例を同じく年代別に列挙したので、参考にしてほしい。

 

・保守と進歩、政治と司法のあいだで

 最後に、この本ではしばしば保守と進歩ということばを使うが、政治運動としての保守主義、進歩主義は、司法の世界でいう保守主義、進歩主義と本来いささか異なるものであることを指摘しておきたい。前者が社会で実現すべき価値観をめぐる対立を示すのに対して、後者は裁判官が憲法を解釈する方法論をめぐる相違である。

「保守」とはその字義からして、保ち守ることであろう。英語のconservative にも同じような意味がある。これに対し「進歩」は、前へ進むこと、変えること、さらにはよりよい方向へ進むことを指すようだ。「前進」「革新」とも言う。英語のprogressive も同様の意味だと思われる。

 問題は、「保守」といっても何を保ち、何を守るのか。「進歩」「革新」といっても何に向かって進むのか、何を変えるかである。守るべきもの、変えるべき対象はさまざまであり、一概に言えない。ただし政治思想、政治運動としての保守主義と進歩主義は、どちらもそれぞれ実現すべき価値を掲げ、運動を展開する。民主主義国家の場合には選挙で多数の支持を得て政権を担当し、政策を実行する。

 これに対し、司法、特に憲法の分野の保守主義と進歩主義は、なによりも裁判官が憲法を解釈

し事案にあてはめる、その方法についての立場を意味する。前者は「条文主義(textualism)」、あるいは「原意主義(originalism)」と呼ばれる考え方に代表され、後者は「生きた憲法(living constitution)」、「進化する憲法(evolving constitution)」という考え方に代表される。

 条文主義は、憲法を含む法律の解釈を判事が行うとき、まず見るべきは条文(text)そのものであるという考え方である。条文の意味するところが明白であれば、それを事案に適用して判断を下す。条文の意味が必ずしも明確ではない場合には、制定者が条文の意味をどう理解していたのか、つまり条文にこめられた「原意」を探る。条文主義は、条文の原意に戻るという意味で保守的な考え方である。

 これに対し、憲法は変化する、憲法は生きていると考える司法進歩派も、憲法を解釈するにあたっては、その条文や制定者が条文にこめた意味をもちろん大事にする。しかし憲法の意味は時代によって変化するのだから、十分な理由があれば、判事は条文の文字通りの意味に必ずしも制約されず、合理的な範囲で拡大解釈を行うことを許されると考える。憲法の意味を現代あるいは未来に求めるという意味で、進歩的かつ革新的な考え方である。

 保守的な憲法解釈と進歩的な憲法解釈では、司法の役割と憲法判断の正統性についての考え方にかなり根本的な違いがある。前者は議員や大統領と違って、判事が選挙によって選ばれないことを強調する。したがって、国民の信託を受けた議員多数の賛成を得て議会が制定した法律を、判事が違憲かつ無効とする司法審査は、本来反多数的、反民主主義的である。そうだとすれば、判事が許されるのは憲法の条文を見て、制定時にそれが意味したものを法律の専門家として確定することしかない。それしか裁判所の憲法解釈に正統性はない。司法の役割をあくまでも限定的にとらえ、それを超えることを嫌う意味で、条文主義や原意主義は司法消極主義と呼ばれることがある。

 これに対して、後者の進歩的な憲法解釈においては、なぜ二〇〇年以上前に制定者が憲法の条文にこめた意味に、現在の国民が縛られねばならないのかと問う。そもそも憲法条文の原意が何であったのか、現代の判事にわかるのか。たしかに判事は選挙によって任命されたわけではないので、憲法解釈にあたってはあくまで慎重であるべきである。しかし憲法の条文がどのように変化してきたかをたどり、それがさらにどのような方向に向かっているのかを、十分な根拠にもとづく条文の拡大解釈によって指し示すのは、判事の重要な役割である。条文の文字通りの意味を時に超えて憲法の解釈を積極的に行うので、司法積極主義とも呼ばれる。

 もちろん政治的な保守主義、進歩主義と、司法の保守主義(司法消極主義)、進歩主義(司法積極主義)は、しばしば重なる。司法積極主義の判事が下す判決は、進歩的な政治勢力の主張を支持することが多いし、司法消極主義を標榜し政治に左右されない判決を心がける判事の判決が、保守的な政治勢力を利することも珍しくない。しかし政治的に保守的な判事が司法積極主義の立場で憲法を解釈する例もある。単純な分類はできない。重要なのは、司法保守主義と司法進歩主義の対立は必ずしも主義主張むきだしの政治的な争いではなく、あくまでも憲法の解釈にもとづいていることである。そうでなければ、立憲主義というアメリカ国家の基本原則が崩れてしまう。司法は政治と無関係ではいられないが、政治から独立していることにその影響力の根源がある。

(了)


目次

第I部 司法保守化のはじまり ――レーガン時代
第II部 戦争と司法 ――ブッシュ(父)時代
第III部 民主党政権下の司法 ――クリントン時代
第IV部 テロと憲法 ――ブッシュ・ジュニア時代
第V部 Yes, we can! ――オバマ時代

 

 

 

 

 

 

阿川尚之『憲法で読むアメリカ現代史』2017年11月刊詳細目次